第13話 揃い踏み、足踏み
取りあえずはメンバーが揃ったということで、ひとまず顔合わせを行うことにした。酒と閉鎖空間に若干のトラウマを抱えてしまった僕は、記念すべき最初の会合の場所を先日田中さんと行ったファミレスに指定したのだった。
今日のファミレスは全員が講義のないということで指定した平日の昼過ぎだからか、僕ら以外には暇を持て余したマダムくらいしか客はいない。
新メンバーの3人はお互いに誰とも面識がまったく無かったので、彼らからも分かりやすいように、僕と田中さんが横に並んで座り、他の3人が向かい側に座るという形になった。
僕と田中さんはあらかじめ待ち合わせてファミレスに入り、ボックス席に座って待機していた。彼女と顔を合わせるのはまだ片手で数えるほどの機会しかなかったので、彼女の横顔をこんな近くで見るのは初めてだった。前から見ても横から見ても美しい彼女は、きっと真上から見ても美しいのだろう。
店員や客は片方の席に並んで座る僕たちを見て仲の良いカップルとでも思っているだろうか。それとも、何か悪徳なセミナーの人間とでも思われているだろうか。
待っていると、揃えたようなタイミングで他の3人のメンバーが来た。連絡は何度か交わしていたが、直接顔を合わせるのはこれが初めてだ。
ボックス席に隣り合って座るような珍妙な男女2人組は僕ら以外になく、彼らは迷うことなく僕らのもとへやって来た。そう、大学生活の理想郷はここにある。真っ直ぐ来てくれればいいのだ。
やはりと言うべきか、何と言うべきか、大学生にして理想郷を探している人間というのもあり、3人ともどことなく冴えない、覇気のない感じだった。つまりは、僕と似た雰囲気であるということだ。
ファミレスのボックス席に5人が揃い、今ここに理想郷探検「隊」が見事、正式に結成された。しかし、最初に会釈をしてからそのまま全員言葉を発することなく、時間がただただ過ぎるばかりであったので、創隊者として隊員たちを無事に輝かしい未来へ牽引するべく、
「取りあえず、自己紹介でもしましょうか」
と、先陣を切った。
こんな風に、場を仕切るのは不慣れであったため、この一言を発するまでに多大な時間を要し、神経を使い果たし、エネルギーを大量に消費した。
ひとまず僕と田中さんの自己紹介が終わり、新入隊員の3人の番になった。
「
そう述べた彼は、ファッショナブルとは到底言えない、堅苦しそうな角ばったメガネをかけていて、僕と似たような、少なくとも表面上は真面目な青年という感じだった。
「
いきなりテヅカというあだ名を僕たちに要求した向井は、脂っぽいチリチリの天然パーマを上に乗せた、小太りの男だった。口ぶりからしてやや偏屈そうな空気を感じ取ったが、貴重な仲間であるため先行のイメージだけで悪い印象は持つまいと意識することにした。あだ名が関係ない他人の名字ってややこしいなあとは思ったが、有名な俳優と同姓同名で悩んでいるというなら聞き入れざるを得ない。僕だって本名が水島浩だったりしたら、アリカワとでも呼んでくれと頼むだろう。
「
そうシンプルに答えた彼は、僕を含めた4人の男の中では一番ルックスに恵まれているように思われた。しかしそれでもクラスで噂のイケメン、というほどではなく、あくまで日本人の平均プラスアルファのレベルである。
そんなわけで全員の自己紹介が終わった。
今日は食事も兼ねているため、全員の目の前に各々が注文した食べ物が置かれている。歓迎の意味合いもあるので、今日は田中さんだけではなく他の3人の分の食事まで奢ることになっているのだが、僕はいよいよ財布に余裕がなかったので明らかな単なるサイドメニューである小さなパンだけを注文して、なるべく満腹中枢をだまくらかして腹を膨らまそうと、1口を葉をかじる芋虫より少ない量でつまんでいた。
新入隊員3名はこぶし大のパンしか頼んでいない僕に遠慮したのか、これまた明らかにサイドメニューであるグラタンとか、ポテトフライだとかを注文していた。慎ましい日本人の会食風景であるといえる。
しかし田中さんは威風堂々と和風なんとか定食の大盛りを食べ進めていた。洗練されていながらも可愛らしさが顔を覗かせる、そんな行儀作法で淡々と食べ物を口に運ぶ彼女の姿はある意味官能的にさえ思われた。
食べろ食べろ。血とし肉とし巡り巡って豊満な乳房となれ。
全員が食事を終えた頃、というよりかはテヅカが一向に冷めないグラタンに手間取っていたので彼が食べ終えるのを待っているとそろそろ時間が迫っていたので解散を宣言した。
田中さんはこの前と同じようにそばにあるバス停に向かい、テヅカは徒歩、僕はボロボロのママチャリにまたがり、神崎はスクーター、そして王子谷はくたびれたワンボックスの車に乗り込んだ。
尊王攘夷派の志士、はたまた隠れキリシタンが如く、会合が終わった後は一切関わりのない他人の様に散り散りになっていった。
自転車の僕は歩いて帰るテヅカとある程度一緒に帰った方が良いかとも思ったが、いずれ仲を深めるつもりだしまあいいか、とペダルを回すのだった。
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