第12話 集合・号令
家に帰り、学校に行くときに机に置きっぱなしにしていたコーラを飲みながら、いつものようにパソコンに向かっていた。
これから来るかもしれない入隊希望のメールに備え、着信音とバイブレーションを最大に設定したスマホを側に置いたのだけは普段と違う。
ちなみに、ユートピア探検隊という名称はとりやめ、「理想郷探検隊」と、元に戻すことにした。カタカナにしただけで人が増えるとも思えないし、僕の決意をそんな小手先の印象操作のために誤魔化すような真似はしたくなかったからだ。
僕が口にしているコーラは蓋の閉め方が緩かったのか、コーラの最大の売りであるはずの炭酸がほとんど抜けきっているし、部屋のぬるい気温に馴染んでしまい、冷たさも失ってしまっていて、爽快感など何一つない。
バリウムさえ改良されてきている今、口にできる中でもっともファンの居ないものといえば、今僕が舌、厳密に言えば味蕾に触れないよう、喉に放り込むような形で飲んでいる、この炭酸の抜けたぬるいコーラだろう。
文学的な人ならば、持てる長所をすべて失ったこのコーラを、僕の空虚な大学生活に絡めてひとつ文章を書けるに違いない。
今はまだ春先のはずで、梅雨は訪れていないはずなのに、ここ数日は雨が続いていた。遵法精神に富んだ僕は自転車の傘差し運転など決してしないが、それはつまり大学までのおよそ2kmの道程を歩かなければならないということになる。そしてそれは僕の登校意欲を大きく削ぎ落とし、僕の体は湿ったアパートの部屋に囚われてしまう。
文部科学省が奮発して、僕の家から教室まで長い動く歩道でも作ってくれれば問題は解決するのだが、いかんせん学問に大して励んでいない学生にそんな施しがなされるわけもなく、僕は自室で悶々と過ごしていた。
僕がいなくとも地球は周り、僕がいなくとも講義は進む。教授が教壇で踊り出し、講義が進まなければいいのにという淡い期待はきっと僕しか抱いていない。
こんな現実逃避じみた希望を抱いているから、僕の頭の中はさぞかしお花畑のように爛漫としているかと思われるかもしれないが、やはり大学を休み続けているという現実的な罪悪感もある。そしてそれは僕の心をナメクジが這うようにじんわりと蝕んでいき、僕の元からジメジメした腐ったような心をより腐食させていく。ポジティブに発酵とでも言い換えようか。
そんな、カラフルなカビが咲き誇るか粘り気が出てきた僕の心に衝撃が走ったのは続いていた雨の日々が明けたある日のことだった。
とある講義の最中、けたたましい音で着信音が鳴り響いた。その発信源はどう考えても僕のスマホで、慌ててポケットから取り出して音を消そうと試みたが、今日に限ってタイトなズボンを履いていたせいで手間取ってしまい、注目の的となった。僕の人生の中ではトップクラスの快挙かもしれない。
講義室にいたほぼ全員が僕の方を向き、寝ていたものは跳ね起きた。教壇にいた教授は定年を過ぎた穏やかな、さらに言えば講義に関しては無気力な人であったので私を注意するようなことはしなかった。
着信の内容を確認してみると、なんと理想郷探検隊への入隊希望のメールだった。その後は講義の内容などまるで頭に入らず(元から入っていないが)、頭の中にはカラフルで健全な花が一面に咲き誇った。
前回の勧誘で来たメールが2件だったから、勧誘の状況からしてそれ以上の期待はしていなかったものの、数日経つうちにさらに2件のメールが来た。
しかし、またあの時の様にイタズラのメールが来ているのではないかと半分疑いながらメールを開いていったが、怪しげなものはなく、どのメールもただ純粋に理想郷探検隊に入隊したいという旨のものだった。
残念ながら、いや、喜ばしいことにメールを送ってくれたのはみんな男子学生だった。
最初のメールが来てから1週間が経ち、それから新たにメールが来ることはもう無かったので、入隊希望の3人と僕と田中さんを合わせた5人がとりあえずの理想郷探検隊の正式メンバーとなった。個人的にはもう少し華やかさが欲しかったのだが、田中さんでいっぱいいっぱいの僕にはもう何もできなかった。
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