第4話 スタート・フードコート
日曜日の夕方、僕は近所のショッピングモールのフードコートに居た。レポートを書くために。
どうやらハズレの講義を選んでしまったようだ。新年度始まって2週間目にして、2千文字という莫大な量のレポートが課されてしまった。距離に換算すれば2000kmにもなる。ああ果てしない。
しかもここ最近のレポートのコピペ問題を受けたのか、教授は手書きで提出しなければ認定しないという。とある日の講義中にそれが告げられた瞬間、講義室中が悲嘆の声に包まれたのは言うまでもない。別に手書きだろうが既存のものを書き写せることに変わりはないのに、どうしてただ手間が増えるだけの遠回りで意味のない手段を取らせるのだろうか。コンパスを用いずに正円を描けというような横暴さだ。
とっとと履修を取り消してやりたいところだが、タイムスケジュール的に他の講義を履修するのは難しいし、今の時点で履修を減らせるほど余裕のある成績ではない。タイムスケジュールといっても別にタイトなスケジュールに縛られた多忙な生活を送っているわけではなく、なるべく午前に講義を受けたくないというだけのワガママである。
なぜフードコートという場違いな場所でレポートに向かっているのかというと、ものを書くときは机、もしくは最低限の平面が無ければどうしようもないわけだが、我が家のテーブルとイスは油と水のように驚くほど噛みあわず、何かを書くにはどうにもテーブルが低くてやりにくいからだ。この時以上に下宿を始めるときに安い家具で揃えたのを後悔することはない。
かといって床に座って使えるほど低いテーブルでもないので、家ではあまり作業が進まない。車胤と孫康に言わせれば「紙を床に置けばいいじゃない」ということになるのかもしれないが、モノに溢れてしまった現代では、床には足の踏み場さえないのがワールドスタンダードなのだ。
だから、何かものを書く際にはこうやってちゃんと噛みあったテーブルとイスのある場所にやってくるわけだが、ファミレスではどうも申し訳なくて長居が出来ないし、カフェの雰囲気はあまりいけ好かないし、コーヒーも特に好きではない。図書館はあまりに静かすぎて、一挙手一投足から漏れる音にも神経を使わなければならなくてしゃらくさいので、こうした、適度にざわついているフードコートとか、大学の食堂みたいなオープンスペースの方が気持ちを入れやすいのである。一応、場所代として適当に料理とかドリンクを買っている。
だがしかし、そんな恵まれた環境に身を置いたところで、レポートの期限は明日の午後であることには変わりはないし、レポート用紙はまだ数行しか埋まっていない。つまるところ、余裕がない。
今日は日曜なので、大学の食堂は開いていないし、フードコートもあまり落ち着けるような状況ではないのだが、レポートの提出期日は待ってくれない。
優雅に、ゆっくり食べ進めようと思って横に置いておいた、脳のエネルギー源とおやつを兼ねて買ったドーナツもあっという間に平らげてしまった。
そんな、僕の事情などつゆ知らず、子供たちは無邪気に声をあげて走り回っている。たぶん微笑ましい光景なのだろうが、今の僕にはうっとうしくてたまらない。用途外の使い方をしている僕に文句を言う権利などはどこにもないけれど。
普段は気にならないが、フードコートの端にあるパン屋が焼き上がりの合図で定期的に鳴らすベルのカランカランという音さえ無駄に気になる。ほとんど一定の間隔でパンが焼きあがっているので、もはや時報と変わらない。
既にベルの音を10回は聞いただろう。それほど時間が経ってもまだレポートは半分までしか進んでいない。閉館まであと10分なので、これ以上は家に帰ってやるしかない。もはや手詰まり、といった半ば諦めかけた気持ちでスマホを取り出した。集中力が切れてしまったのだ。こうなると当分戻ることはない。
いつも通りぼーっとまとめサイトを眺めていると、サークルを立ち上げて成功した男の話が載っていた。ネットの話なので話半分に読んでいたが、3年になってから始めたとか、中々大学生活が上手くいってない人間の集まりだったとか、その話に今の僕とやや同じようなところがあると気付いてからは、自分の事のように思えてきた。
あのSF研究会の一件で、僕は今からどこかのサークルに入りこむよりも何か別の手段を探した方がいいのではないかと思っていた。
「そうだ。自分で作ってしまえばいいんだ」
そう気づいた僕は、自ら理想郷といえるサークル作りに取り掛かることにした。その成功した彼に倣って、まずは自分と同じような人間を集めることにした。正直に言えば、それ以外の人間が怖いというのもあったが。
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