第2話 スタンド・バンド


 理想郷探検「隊」とはいうものの、つまるところ1人だ。このままでは、1人でロックバンドを名乗るのとそう変わらない状態である。いや、1人のロックバンドだって存在する。けれど僕はそんな厳密な話をしたいわけではない。



 とにかく、こんな僕1人ではどうにもならないと、どこかのサークルに入ってみることにした。

 あのテニスサークル(僕はペニスサークルと呼んでいる)こそ反りが合わなかったが、本来明るく楽しい人間である上に社交性や協調性も持ち合わせているのだから、今度はうまくいくはずだ。


 いや、言い過ぎたかもしれない。

 ああ、確実に言い過ぎた。



 しかし、特に人間性の欠落したようなところも特別無いはずであるので、やはり他のサークルには何だかんだ溶け込めるはずだ。

 3年生となって大学に来た初日、講義こそなかったが、この大学にどんなサークルが存在しているかを調べる目的で構内をうろついていた。4月上旬の午前中は、日光が差していないとやや肌寒い。



 入学式では今年もまたお決まりのように「暖かい春の日差しが~」とか「新緑の芽吹く~」とか言われているのだろうが、既に3回目を迎えた大学でのこの季節に新鮮さなどはない。

 もはや学生を拒んでいるようにも思えるような急斜面にそびえる、武骨な要塞のようなキャンパスを目がけてヒイヒイ言いながら登っていく新入生に、非情にも勧誘のパンフレットがどんどん渡されていく。

 渡す学生が未来の先輩となりかねないので、不躾に断るわけにもいかないのだろう。たとえ、渡されようとしているそれが既に貰ったパンフレットだとしても。哀れにも、彼らの手元のパンフレットはどんどんかさんでいく。


 

 僕は既に3年生だ。パンフレットを配っているのは大抵同級生以下であるから別に気を遣う必要など微塵もないのだが、あまりこの大学にあるサークルに関して大した知識はないので、一応、差し出された全部のパンフレットを貰うつもりでいた。

 しかし、意味もなく積み重ねられた2年間で僕に染み付いた、正体不明の、何かオーラ(気取ってアウラと表記してみたいが小恥ずかしくてできない)のようなものが僕から発せられているらしく、何度かサークル勧誘の学生がたむろっているエリアを通り抜けても僕は手ぶらのままだった。

 別にそんな固い表情をしているつもりもないし、服装だって周りの学生とそう変わらない、冴えない、ファッショナブルではない物のはずなのに、一体どういう差があるのだろうか。僕には分からない。



 しかしその後も固い意志をもって、あきらめずにウロウロしていると、やっと1人の学生が近づいてきた。手元にはパンフレットの山を抱えている。新製品のプレゼンテーションをするどこぞのCEOのような服装でお堅いフチなしの眼鏡をかけたその男子学生からは、何を言わずとも真面目そうな雰囲気が漂っている。



「個別に説明会を行いますので、ぜひどうぞ」

 学生が張り付けたような笑顔でパンフレットを渡してくる。


「ああ、はい」

 今日初めてパンフレットを受け取ってどういう顔をすればいいか分からず、返事まで曖昧になる。ベルトコンベアのように流れていく新入生の流れの中で不意に立ち止まってしまい、後ろにいた新入生が僕の背中に当たった。

 彼は僕の顔をちらっと見ると、見下したような表情で脇をすり抜け、新入生の流れの中へと潜り込んでいった。今だけは、自分の学年を高らかに叫びたいと思った。



 話を今貰ったパンフレットに戻そう。説明会なんてわざわざお堅いことをやるってことは、どうせ教育とかボランティア系の意識の高いサークルだろう。残念ながら、僕は青春を人のために尽くすことにかけられるほど出来た人間じゃない。救うならまず目の前にいる僕にしてくれよとぼやきながら、内容もロクに見ずにそのままカバンの中にしまい込んだ。

 別に彼らを毛嫌いしているなんてことはないが、大学の意識が高いサークルというのは、日常会話の隅から隅までがIT用語や時事問題で埋め尽くされていて、挨拶をするだけで脳をグルグルと回転させなければならない。

 「おはよう」と声をかけただけで中東における紛争についての議論が始まり、各々が確固とした結論を出すまでその挨拶は終わらないのだ。きっと。

 それ故に、そのようなサークルはあまり選択肢に入れたくなかったのだ。



 しかし、その後何度もパンフレット渡しの海の中を行ったり来たりしたのだが、渡してくれたのはSF研究会、軽音サークル、フットサルサークルのみであった。

 合計で4枚しか貰えなかったのはいささか不本意だったが、よく考えると単位が足りなくて1つ下の代の講義もちょこちょこ受けているので、顔が割れていたのかもしれない。

 途端に、自分の学年が恥ずかしくなった。

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