第12話



 サタンは草原に立っている。

 誰かが言う。

 しかし何を言っているのか聞き取れない。

 聞き取れないまま、その言葉に唾を吐く。詭弁だと。

 場面が変わる。

 アルトラ。

 かわいいうつくしいアルトラが火にくべられている。見物人が油の入ったバケツを振るい、アルトラの悲鳴が大きくなる。

 肉の焼ける匂い。食事の匂い。それがアルトラから漂う。

「やめろ」

 呆然と、声はかすれている。届かない。肉が焼けて落ちる音。髪の毛の焼ける音。

「やめろ!」

 誰もが笑っている。アルトラと父親だけが悲痛に叫んでいる。サタンは、父親は動けない。届かない。肉の焼ける匂い、食事の肉の匂い。


「やめろ!!」

 部屋にかなり大きめの声が響いて目が覚める。

 サタンは飛び起きたままの姿勢で固まった。カーテンの隙間から夕闇迫る部屋には誰もいない。なにもかも忘れるための女たちも、息子や娘も。部屋も見知らぬ……ホテルの一室だ。

 大きく息をついてサタンは顔を両手で覆う。汗ばんでいる。

 あの夢を見るのは久しくなかった。

 慣れぬベッドが見せたものか。相変わらずひどい夢だ。

 相変わらずひどい思い出か。

 隣のベッドは使われた形跡がない。

 同室になった息子は、ホスセリに遊びに誘われたのだったか。

 自分はいつの間に寝たのだろう。アマテラスがホテルのスイートを破壊しかけるのをなだめて、それからすることもなく備え付けの聖書など読みながら寝たらしい。

 ぼんやりした頭で思い出すと、じっとり汗をかいたシャツが気分悪く思える。着替えようとベッドから降りる。はだけたシャツの隙間から小さなネックレスがのぞいた。銀の小さなロケットには、アルトラの髪が一房入っている。

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