第11話
「いってえなあ!」
不機嫌きわまりない青年はホテルのフロント係が貸してくれた小さな氷嚢を頬に押し当てて再度文句を叫んだ。ノイズの隣に足を広げて座って。
やはりノイズと同じくらいの背格好で黒いデニムにやたらゴツいスニーカーと何かよくわからない文句の書かれたシャツと皮のジャケットを着ている。右手親指に大きなドクロの指輪。今まで周りにいないタイプの青年に、ノイズは興味を惹かれた。
サタンはその向かいに座って眉間を左手で揉んでいる。妙齢の女性たちはさっさと自分たちの部屋に帰ったという。
「だからさあーサタナエル、俺はその気がない話なわけですよ?
なのに息巻いた彼女と侍女がやり合っちゃってさ……悪いね息子さんまで来てくれたって?」
ぽんぽんと膝を叩かれてノイズは曖昧に笑った。
「ええとさたなえる……?」
「わたしの上での
五文字は目立つ」
「聞いてませんよ、あとこの方のことも」
あ、聞いてない? と青年は笑って氷嚢を持ったのと別の手で握手を求めた。
「俺ホスセリ。
この日の本で古くからなーんもしない
握手をしながらノイズがはてなを顔に浮かべる、のをホスセリは面白そうにまた笑った。
「アマテラスの愛人が抜けている」
「おーっと愛人ってのは隠すもんなの」
とホスセリはウインクして人差し指をしいっと自分の唇に当てる。
「それと身分が違いすぎる。愛人にすらなれねーの俺は」
肩をすくめるが、サタンはぎろりとそのホスセリをにらみ(自分やサタンの軍属の者ならそれだけで竦みあがる、とノイズは体を引いた)なにか書面を取り出した。
日本語らしくノイズには読めない。
「あー……だからさあ」
「今回のアマテラスは本気のようだ」
書面を前に、ホスセリは初めて真剣な顔でサタンに向き合った。
「その気はない。何度も彼女にも」
「お前が説得するんだな」
この件でいちいち呼ばれるいわれはないぞ、と付け足してサタンは立ち上がろうとし、コートの端をホスセリに引っ張られた。
「……はなしなさい」
「たすけてえー」
珍しく面白いやり取りをする父に、あのう、とノイズはやっと声をかけた。
「なにがどうしたっていうんですか?」
コートの端をはなさず、ホスセリが書面を掴んでノイズに差し出す。
「書いてあるのわかる?」
「すいませんまだ……勉強中で」
「俺を偉いかみさまにするための決議案がながーくありがたーい言葉で書いてある」
偉い?
ノイズは紙とホスセリを見比べて困惑した。
「おめでとうございます……?」
「違う違う。
俺と、さっきの侍女さんたちと、議会全てが反対なのよそれに」
でも今回は彼女の根回しがすごくてねえ。遠くを見る目でホスセリはぼやく。コートの端ははなさない。
「あの……つまり出世を拒んでいるという」
「まあそんなとこ。
っていうかー俺は三兄弟のバランサーなのよ、知ってる?
何もしない
でここの議会も何もかもここの民は変化を嫌うし変更が嫌いだから。長年彼女は戦ってくれるんだけど……」
へらっと笑ってホスセリはコートをはなした。
「俺にその気ないからさあ」
「……そう大御神に話せばいい」
襟元を直してサタンが言えば
「言ってるって。
悪いけど俺は仕事に就く気ないよーって」
ヒモとキャリアウーマンという単語がノイズの頭に浮かぶ。黙っていようと思うが。
「なんで父上は呼ばれたんですか?」
サタンは息子の言葉に頭を抱えた。そこにさっきの女性たち……侍女たちがエレベーターから降りてきて、無言でこちらを睨みだした。
「……くそっ恨むぞホスセリ……!!
行ってくる……」
「恒例行事」
と耳元で囁いたのはホスセリだ。
「なんか彼女、君のパパ好きなんだよね、変な意味じゃなく」
いや彼女俺に夢中だからねえと得意げにホスセリは付け足した。はあ、と曖昧に返事をする。
「だいたい六十年くらいに一回かな、こういう決議案出して揉めて、俺がなだめても意味なくて、君んとこのパパに愚痴るまでが1セット」
はあ、と曖昧に返事する。
「君名前は?」
「あ、ノイズです」
「……パンクな名前だなあ」
「はあ」
「……バンドやる気ない?」
「はあ?」
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