第10話

 カラカラに乾いた未舗装路に顎から伝う汗が落ちて染み込んで行く。

 ゴトリゴトリと歪な形をした大きな石は、大人がうずくまった程の大きさはあるだろうか、これ以上の大きさであると転がす事も困難になるだろう。


 そんな大きな石をもう二時間は延々と転がしている。


「なあ、カタイシ。ニャんでそんなデカイ石を持って行かないといけのニャ?その辺に落ちている小さな石をポケットに入れて持って行けば楽に小銭が稼げるニャ」


 大精霊初心者のヤマザキが顔の横で優雅に空中を平泳ぎでついて来て何度目かの同じ質問をした。


「これで……良いんだよ……」


 息が切れて返事をするのも億劫になって来た。


「指名依頼の内容はいい感じの石を3つだから、一個だけそんな大きな石を選ぶ気持ちがわからないニャ」


 ヤマザキは呆れた様に頭を振った。


「これは俺のプライドの問題なんだ……石を3つ拾ってくれば小遣いをやるなんて、子供の使い扱いを俺は許せないんだよ。俺の……俺の実力を見せつけやりたいのさ……」


「プライドを問題にするなら最初からそんな指名依頼を受けなきゃ良いニャ」


「プライドじゃ腹は膨れん!」

「言ってる事が無茶苦茶ニャ」


 町の外にある河原から町中まで大きな石を転がして来た事を証明する様に道路の真ん中に歪な凹み跡が続いており、自分の成し遂げた偉業に対する達成感が目頭を刺激して軽く涙ぐむ。


「見ろよヤマザキ……俺のプライドが刻んだ希望の轍だぜ」

「言っている事が一ミリたりともわからないニャ」

「お前はロマンて物がわかっていないな」

 俺は町のど真ん中まで転がして来た大きな石の上にドカリと座り込み小休憩を取り始めた。


「大きな事をやり遂げた後は夕焼けが綺麗じゃないか、なあ? ヤマザキ」

「それで本当のところはどう言う事だニャ?」


「ギルドに少しでも迷惑をかけてザマァ展開に持ち込みたい」

「清々しい程に小者だニャ」


 小休憩を早々に切り上げた俺はギルドまでの道程を若干軽くなった足取りで急ぐのだった。

 奇異の視線と憐憫の眼差しが入り混ざった様な町中を抜けてギルドの建物に到着すると、一切の躊躇無く大きな石と共に建物の中に雪崩れ込んだ。


「我! 指名依頼を完遂せり!」


 俺はポケットの中にある小石を二つ取り出して、大きな石の上にちょこんと載せると人生最大のドヤ顔を浮かべた。


「はいご苦労様でした。こちら報酬の千五百円になります」


 受付嬢はこちらに一瞥もくれずに革で出来たトレイに報酬を乗せてカウンターに置いた。


「それと、もう一つ指名依頼があります」

「なぬ!? 大精霊使いのネームバリューが収まるところを知らない知らない状態? あまり目立ちたくなかったんだけどなあ、いやぁ困ったなあ」


「受けませんか?」

「受けましょう」


「こほん……指名依頼です。依頼主は当ギルドのギルドマスター。指名者はカタイシ様。依頼内容は……先の依頼で持ち込んだ石を3つとも元の場所に戻して来い。依頼達成金額は1500円。以上です」


「……」


「もう1500円もあればギルドの隣にあるマツヤ旅館でそこそこ美味い飯が食えるぞ。との注意事項も追記されてます」

「うわーん! 俺を憐れむな! お前ら全員吠え面かかせてやるからなあ!」


 俺が受付嬢から依頼書をひったくり、受け付けを後にして石を転がしながら走り出すと背後から受付嬢の声で


「あ、受けるんだ?」


 とか聞こえて来た。

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生きてくだけで精一杯 八田若忠 @yatutawakatiu

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