第19話 東野万理案件、調査日二日目④

 初めての高層ビル。 

 初めての高級和食。

 初めてのデート。

 上司と部下って言われたけど?

 暁美の色々な初めてをこの変なおじさんと共に経験。言葉にするだけでこんなにイヤラシイなんて。


「おいおい、筧、表情がいい感じに崩れてるぞ」


「え!!、崩れてました。ちょっと色々と考え事してまして」


「考え事っていうか妄想だろ」


「は!!、妄想なんかしていないし。法明寺さん、イヤラシイ言い方やめてください」


「いやいやいや。筧の性格がなんだかんだ、わかってきたな・・・・・。ふーーーーー」


「あ、そのため息。もっと大事にしてくださいよ。私も法明寺さんのことわかってきましたよ。いわゆるあれですよね、ツンデレですよね。私はまだ色々と女性としての経験が足りていないので、ツンデレとかいらないです。もっと優しくしてください」


「かまってアピール尋常じゃないな」


「えへへ」


「えへへって・・・・・・」


 そんな他愛のないやりとりをしつつ、法明寺が頼んだ料理が次々とコースの品で出てくる。


「こちら、先付(さきづけ)のイカとハマグリとうるいのバラ子和えになります」


 小さな器に乗っかっている小さな色々なものが混ざっている何か。


「法明寺さん、先付(さきづけ)ってなんですか?」


 店員さんがいなくなってから、少しだけ身を乗り出し顔を近づけて、耳打ちの時に手を添える仕草で小さな声で聞いてみる。


「その意味わからん行動やめろ。逆に目立つだろ」


「たしかに、ごめんなさい」


 法明寺に言われてシュンとするように席に座る暁美。


「メインの食事の前に出される軽い料理って意味だ。お通しと一緒だよ」


「お通しもしらないです」


「まじか。たしかに年齢考えるとそんなもんか」


「ですです」


「メインの食事の前に出される軽い料理。先に付ける料理だから、先付(さきづけ)だ」


「ほほー」


 法明寺が少しづつ食べているのをみて、暁美も真似して少しづつ食べてみる。

 うまーーーーーーーーーーーー。


「うま!!」

 あ、心の声が出ちゃった。


「まー、うまいよなー。なかなか来る機会もないだろうから存分に楽しめよ」


「はーい」


「こちら、海老煮と京筍と若布の清汁仕立になります」


「こちら、本マグロ大トロとアオリイカと大エビのお造りになります」


「こちら、八寸のゴボウ、オクラ、黒豆、タラ、ミョウガの5点盛りになります」


「こちら、筍と絹さやとキクラゲの鰆のけんちんの焼物になります」


「こちら、新玉葱と笹打椎茸のいわいどり水炊きになります」


「こちら、鯛ご飯とシジミ汁と香の物になります」


「最後にデザートでして、抹茶のアイスクリームになります」


 出てくる料理、料理がすべて規格外のうまさで、暁美は食べる度にあー!!とかうー!!とか唸ってしまった。少し黙って食べろと法明寺に言われるけど、そんな黙って食べるなんて無理無理。


「ひゃー食べましたね〜」


「緊張しないで食事を楽しめよとは言ったが、そこまで全力で楽しまれるとウケるな」


「なんでですか?法明寺さん、全力で楽しんじゃダメとか無理ですよ」


「まーまー、全然いいんだけどな、いい性格してるなーと思ってな」


「ありがとうございまーす」


 っと、このタイミングで法明寺の顔つきが変わる。


「楽しい食事タイムも終わりそろそろ大詰めかな」


 法明寺は手を上げて店員さんがその手に気づくと、人差し指と人差し指でバッテンをつくる。


「それ、なんですか?」


「お会計お願いします。ってことだよ。締めの意味でのバッテンだな」


「へー」


「しかし、何にも知らないな。お前」


「知らないですよ。締めのジェスチャー知ってる高校生いたら」


「おい」


「あ!!」


 急いで自分の口を両手で押さえる暁美。すこしだけ自分でウーっとした後に手を離し


「危ない危ない」


「いや、セーフみたいな雰囲気醸し出してるけど、全然セーフじゃねーからな。頼むぜおい。おじさん職質で連れていかれちゃう可能性あるからよ」


「そうですね。ごめんなさいです」



 22時半


 法明寺と暁美は、大詰めなのもあり、対象者が会計を済まして店を出るタイミングで一緒にでて、エレベーターを待つ。対象者は上の階のボタンを押したため、この後は部屋に入るのだろうと想定する。

 エレベーターが来て、対象者と女性、法明寺と暁美の2組になる。対象者が50階を押すが同じ階なので法明寺と暁美はおさない。気を利かせて、暁美は法明寺の腕に自分の腕を絡ませてくっつく。そこは法明寺もプロなのか、一切リアクションをしない。二人の暗黙の了解のプレーである。


 50階


 一緒に2組が降りる。完全に意識されてはいるが、顔をジロジロみられるほどではなかった。先に対象者と女性の2名が歩き、5010号室のところでカードキーを差し込んで部屋に入る様を見届ける。


 扉が閉まるのをみて、法明寺は


「そっち見張ってろ」


 法明寺と暁美が泊まる5015号室の角部屋のほうを向かせて、法明寺自身は5010号室の扉に耳を当て、その後、扉の開く軸になっている方の扉と地面の隙間に薄い延べ棒のようなものを仕込ませる。


「それって」


 暁美の問いかけに法明寺はなんの反応も示さずにそのまま廊下を前後見渡し、そのまま5015号室に向かっていく。


 5015号室のカードキーで中に入ると


「法明寺さん、あれってなんですか?」


「ん?盗聴機だ。ただ違法スレスレなので証拠データとしては使えない。あくまでも最終の切り札として出さなければいけない時だ。

 基本は盗撮や盗聴になるような写真や動画以外は、口頭と書類のみで提出し、裁判とかになった時に証拠を求められた時に出すか出さないかで考えるくらいナイーブなデータになるな。

 俺たちはどこまでいっても民間業者だからな。世知辛い部分も相当多い」


 そういいながらイヤホンをつけ始めて、テーブル席に座りタバコを吸い始める。法明寺が言う、民間業者、世知辛いの言葉には色々含みがあるように暁美は思えた。誰しもこんな法律ギリギリの調査したい人なんているわけがない。

 もちろん公的な機関でないからこそ、調査費用だってこんなにかかるだろうし、警察の人からしたらいらない存在に見えるかもしれない。

 だけど法律の元では解決できない問題があって、その問題を解決してくれるプロの人が公的にいないからこそ探偵という仕事が成り立っている事実を世間というか、社会全体でもっとオープンに受けいられる環境になってほしいなーなんて、暁美は法明寺から感じる哀愁的なものを汲み取ってしみじみ考えてみた。


「ここからはまた持久戦だからな。嬢ちゃん寝ちゃっていいぞ」


「いやいや、そんなすごいところ連発で見せられて、すぐに寝られないですよ」


「あ、そうか」


「はい。すごいです。職人技です。さっきのメガネでとっていた画像はみれないんですか?」


「見れるぞ」


 法明寺はスマホを取り出し、アプリを開き、日付の書いてる画像ファイルのようなものを一覧で選びタップする。


 初日

 08時00分、自宅を出た時の画像

 12時20分、大阪にて会社に入っていく画像

 16時00分、アポイントメントでビルに入る画像

 18時00分、ホテルに戻っている画像

 19時30分、ホテルの近くの焼き鳥屋に入る画像

 21時00分、一人でホテルに戻る画像

 2日目

 08時00分、ホテルをチェックアウトしているところの画像

 15時30分、職場を出るところの画像

 16時10分、新大阪から東京行きの新幹線に乗り込む画像

 18時43分、東京駅を新幹線から降りた画像

 19時30分、ハークパイアットホテル前での待ち合わせ画像

 19時40分、ホテルの受付で二人並んでいる画像

 19時50分、和食レストランに二人寄り添いながら入っていく画像

 22時40分、5010号室に二人寄り添いながら入っていく画像


「お、おそろしい・・・・・・。さっき以外にもこれだけの証拠を撮ってたんでですね。そしてこれを相談者さんに出すんですね・・・。心が痛いです」


「ま、現実はこんなもんだ。お!!ちょっと待て」


 法明寺はイヤホンが入った耳に手を当てながら目を閉じる。しばしの間、沈黙の時間が流れる。


「随分と早いおスタートで」


「え??何がスタートしたんですか?」


 暁美が聞くと法明寺は何も言わずに暁美にイヤホンを渡す。暁美がイヤホンを指すと


「うきゃーーーー」


 暁美はイヤホンを耳から切り離すように飛ばして、後ろに急いで後ずさる。


「ははは。嬢ちゃん、すげーウケるんだけど」


「な、な、なんですか、その擬音は?」


 法明寺からも相当離れ、奥のベッドと壁の隙間に隠れるようにしゃがみ込んで暁美は聞く。


「これは、夜の営みってやつだよ。嬢ちゃんも経験ないだろうがわかるだろ?」


「は、はぁ!!わかんないですよ」


「まーまー、そういうことにしていてやるよ。とりあえずミッションコンプリートだ。あとは明日二人が分かれるところまでを押さえたら完了だ。ってことで俺は、一応部屋の扉あたりでも軽く張り込み続けて、その後、呑みに行ってくるな。また適当に戻ってくるから、適当に寝とけ」


 一仕事やり終えた雰囲気を前面的に出した法明寺は、体の伸びをしながら、気持ち良さそうに部屋を出て行ってしまった。

 ってか、こんな状態で取り残されて私はどうしたら?っと、暁美は、昨日と同じようなツッコミを一人でしていることに気がつき、悲しくなったので、昨日より明らかに高級なホテルでのアメニティやお風呂楽しんで、寝ることにした。なんだかんだで時刻は23時半になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る