第8話 初めての相談者①

 17時


 ピンポーン


「お!!来ました来ました」


 ルンルン気分で玄関口に行く暁美と未だに気分が上がらずにテンションの低い法明寺。

 それもそのはず、暁美は昨日の夜にほとんどのカウセリングしていた相談者に探偵を紹介するという連絡をしていたのを先ほどから戻ってきたノートパソコンを見ていたら発見してしまっていた。


「あ、いらっしゃいませ。この度は法明寺探偵事務所にご足労いただきましてありがとうございます。法明寺は奥のソファにおりますので、狭いところで申し訳ありませんが、どうぞお入りくださいませ」


 とても3日目とは思えない慣れっぷりで暁美は中のソファまで相談者を案内する。


 入ってきた女性は、カーディガンを着て家からその辺のスーパーまで買い物にきました。というような格好をしていた。

 明らかに思い悩んでいて、法明寺も大概に若くは見られないが、わずか4つしか年齢が離れていないようには見えない様子だった。

 心労が顔に出てしまっているような。失礼ながらも暁美はそう思ってしまった。


「初めまして、法明寺探偵事務所の法明寺です。この度はメンタルヘルスプレイスの田中カウンセラーからのご紹介と伺っております。どうぞお座りください」


 法明寺は、相談者の女性に名刺を渡し、ソファに座るよう手を差し出し、名刺を受け取り少し会釈し、そのままソファに座る女性を見届けて自身も向かいのソファに腰掛ける。


「見ての通り私個人がやっている小さい事務所にはなりますが、私自身、昔は大手の興信所に籍を置き独立したといった経緯でありますから探偵歴は長く、ご相談者様の依頼内容にはほとんど満足をいただける結果を出してきていますので、なんなりとご相談ください」


 法明寺は、さきほどの暁美に見せていた表情や態度とはうって変わって、完全なお客様用営業スマイルで相談者の女性を安心させるような話し方をする。接客というものも暁美自身はもちろんしたこともないので、勉強になるなーなどと思いながら台所でヤカンに火をつけてお湯を沸かしながら眺めていた。


「は、はい。ありがとうございます。この度は、ご相談に乗っていただいてありがとうございます。あ、そういえば私、まだお名前を名乗っていませんでしたね。東野万理(ひがしのまり)です」


 相談者改め東野万理は少し挙動不審で、緊張しているようにも見えた。考えてみればネット相談でさえ、恥ずかしい内容の相談だ。見ず知らずの男性、法明寺と明らかに若い女性、暁美の前で話す話としては、気軽に話せる内容ではないのはたしか。


「そんなに緊張なさらずに。田中さんから個人情報の共有の了承があれば開示します。っと言われております。今ここでサインをいただいてもよろしいでしょうか?」


 法明寺は、書面とペンを東野さんに差し出す。カウンセラー田中としてやりとりした内容をもちろん知っているのはまずいので、こう言った手順をとっているのだろう。東野万理がサインをする書面に目を通すと


「筧くん」


 っと暁美を呼び、書面を渡す。暁美に助手っぽい動きをさせることで東野万理の信用をまた得ようとしているのかもしれなかった。

 暁美は受け取った書類を一体どこにおけばいいのかわからないのでわかった風な顔だけして受けとり、台所に戻り、とりあえず台所の棚に入れておいた。

 そうこうしているうちにお湯も沸き、急須にお湯を入れてお茶を東野万理、法明寺に差し出す。


「なるほどですね。それでは田中さんから伺っている内容を相談確認も兼ねて色々と質問させてください」


「はい」


「東野万理さん、40歳、旦那さんお名前は東野士郎さん、45歳。お二人は結婚して16年。お子様は男の子で15歳ですね」


「はい」


「旦那さんは商社の方で出張も多く、月の半分は家にはいない状況とのことで」


「はい。そうです」


「事のきっかけは、旦那様の衣類を片付けている時に出張先と聞いていた場所とは違う場所でのコンビニの領収証を見つけたとか」


「はい」


「ここから先のやりとりは田中さんとのやりとり履歴で共有していますが、事実確認云々の前に旦那様との夜の生活を取り戻すように努力していきましょう。という方向に向いていたとは思うのですが、やはりそこで埋まる問題でもなかったので今回こちらにいらしたと言う認識でよろしいでしょうか?」


「はい。その通りです」


 法明寺は随時ノートパソコンを見ながら質問を繰り返した。カウンセラーサイトの管理画面を見ているんだろうけれども、あたかもカウンセラー田中さんからもらった報告内容を読み上げるかのように質問を繰り返していく。さすが、この辺までになると役者というかなんというか。褒められた言葉ではないので、これ以上の表現はやめておこう。

 なんだかんだ暁美は否定していたけど、こうやってみるとカウンセラーサイトを経由してくることの良さもあるのかもしれない。

 あの値段さえなければきっといいサービスなんだろうなって思った。この事件が終わったらあの料金体系を見直しさせよう。そうしようそうしよう。


「何か追記しておきたい事項はありますか?」


「あの、今回、調査依頼は初めてでして・・・。仮に浮気が発覚したとしても私は別れるつもりなはくて・・・・・」


 震えた子羊のように怯えて話す斜め右下を向きながら話す東野万理は、背面から眺める暁美には表情は見えてなく、すすり声にも似たような声が聞こえてきたので、話ながら泣きそうになっているのかもしれないと思った。ここまで来るまでに心理カウンセラー田中さん名乗る法明寺との相談も含め、色々な思いが交錯しているのだろう。今にもその想いが溢れてしまいそうな喋り方だった。


「はい。安心してください。探偵や興信所が行える業務は調査までです。調査結果にあわせてどう動くかは依頼者様の自由で大丈夫です。もし旦那様との生活を優先したく、旦那様にはわからないように不倫相手の方へ分かれるように促すという選択肢もあるかと思います。もちろんこれは今する話ではありませんが、私達はどこまで言っても依頼者様の意思に合わせての行動ができますのでご安心ください」


「は、はい。ありがとうございます」


 法明寺から発せられる言葉には、安心感を与えるような印象を与えられる。どこまで言っても私達はあなたの味方ですよ。っと、すこし悪い言い方をすると子供をあやしているような。

 あ、そうだった。暁美の時もきっとこんな感じだったんだ。この対応や言い回しが暁美を安心させたんだった。

 やっぱり法明寺が、暁美の子供の時に探偵を目指すキッカケになった探偵なのだろうか、それとも探偵はこういったトークを皆できるのだろうか?暁美自身も東野万理と法明寺とのやりとりをみて、自分自身の感情も揺さぶれてしまう。

 そんな法明寺とのやりとりに東野万理も安心してきたように、今の受け答えの声色からのも感じ取れる。最初入ってきた時に感じた不安と緊張に入り混じっていた雰囲気も徐々にやわらいでいく。探偵のヒアリングがこういった作用をもたらすのは本当に心理カウンセラーと占い師と似て非なるところがあるのかもしれない。


「ここまでで何かありますか?」


「いえ、大丈夫です」


「ありがとうございます。それではですね。少し申し上げづらい部分ではあるのですが、調査費用というものが発生しまして、お判りかもしれませんが、そんなに安い値段間ではないです。いうなれば調査とは張り込み調査のようなものなので、人がそれなりに動きますので、相当費用がかさみます。大変申し上げづらいのですが、ご予算の方は大丈夫でしょうか?」


 法明寺が丁寧に、そして申し訳なさそうに東野万理に予算のお伺いをたてる。


「はい。大丈夫です。インターネットで検索したりしましたので、なんとなくの相場観は把握しています」


「そうですか。よかったです。手前共もビジネスとしてやっている手前、どうしても予算面から相談者様、依頼者様の希望に叶う動きができなかったりとかもありまして」


「そうですよね」


「はい。すいません」


 ここまでかって言うくらいに真摯な対応の法明寺にびっくりで顎が外れてしまいそうな暁美ではあったが、やりとりすべてを頭の中に叩きこんで、自分が一から相談乗る時にしっかりやりとりできるようにしなければと心の中で今回のやりとりを何度もリピートさせておく。


「それで、ですね、今回の調査のタイミングですね」


 法明寺が切り出す。

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