第5話 活動内容②

「心理カウンセラーですか?なんで探偵事務所が心理カウンセラーなんてやってるですか?」


 唐突なドヤ顔の心理カウンセラー発言に驚きが隠せない暁美は、前のめりからさらに法明寺を凄む。もしかして、この人、いかがわしい方向に向いているんじゃないか?とさえ思ってくる。


「おいおいおい、そんな全面的な疑いのまなざしで凄んでくるなよ」


 暁美を常にからかうようにやりとりするさすがの法明寺も暁美の凄み方にびっくりして、多少ソファから仰け反る。


「おちつけおちつけ。いいか、探偵ってのはな。そもそもが疑われやすい商売なんだよ。

 昨日も言ったと思うが、漫画やドラマでやっているような何ちゃら事件簿な事はほとんどないし、殺人事件解決を刑事とするようなそんな話じゃない。

 大体が浮気調査、家出調査、身元調査、盗聴・盗撮調査、いたずら・ストーカー対策調査で、世間がイメージしている探偵の事件の謎を解くって面は言葉では変わらないが、調査して証拠を確保するって内容がほとんどだ。

 証拠を確保した後、どうするのかを決めるのは依頼人だし、依頼人から頼まれた弁護士や刑事であって、俺達の仕事はそこまで。アメリカとかでは違う見たいだが、日本では少なくともそれが現実なんだよ」


「・・・・・」


「嬢ちゃんの探偵のイメージとは違ったかい?」


「別に私だって、漫画やドラマでやっているような事件簿を望んで探偵になっているわけじゃないです。事件簿を望んでいるなら警察になっています。

 ただもちろん探偵という仕事をちゃんと理解している訳ではないですけど、私の中での探偵の理想像があるので、その理想像とあまりにもかけ離れていると、どうしてもそこは食らいつきたくなります」


 法明寺の改めての現実的な説明にあわせて、暁美の気持ちの確認をしてくるのは昨日までになかったことである。

 初めて、ちゃんと暁美に対等な立場で説明をしたと思える瞬間だった。少なくとも暁美にはそう思えた。

 法明寺には、やりとりで立場を駆け引きするんじゃなくて、熱量をちゃんと伝えていくほうが大事なのかもしれない。それにしても現実を突きつけられているような発言に百歩譲ったとして心理カウンセラーとの結びつきはまだ納得ができない。


「まーまー、落ち着け。全面的に納得がいかない顔をしている嬢ちゃんの気持ちに俺がちゃんと順を追って説明してやるよ。だからまずは落ち着いてソファに座りな」


 法明寺は立ち上がって今にも食らいつくかように凄む暁美に、手を差し出しソファに座るように促す。


「どう順を追ったら探偵が心理カウンセラーもやるのか、どんな説明を受けても納得いくように思えないですど。法明寺さんにとって私の納得感なんてどうでもいいとは思いますし、嫌ならいなくなれよ。って思っているかもしれないですけど、これが探偵としては当たり前のことなのか、そうじゃないのか知って自分の中で探偵という職業についての折り合いをつけたいです」


 目頭が熱くなり、気を抜いたら泣いてしまうかもと思いつつも暁美は、自分の気持ちの整理をつけながら聞きたい意思を法明寺に伝えてソファに座る。


「嬢ちゃんの探偵に対する情熱は伝わった伝わった。話せば話すだけ嬢ちゃんの本気度は伝わるよ。俺も正直、若いやつの発言なんて、なんの信用担保にもならないっていう前提があるから嬢ちゃんに色々きつく言ったかもしれないけどな。

 ただ、これから俺が話す話はリアルな探偵の話だ。何度も言うが、漫画やドラマとは違うドロドロした話だ。

 そこまで幻想を抱いていないと言うが、それでも俺よりは当たり前だけど、理想を持ちすぎている気はするから、俺の話を聞いて嬢ちゃんの中で折り合いがつかないなら、探偵はやめたほうがいいぜ。正直、割に合う仕事じゃない。ここまではOKか?」


 法明寺は、暁美を試すように語り始める。いままでのような、お前にできんの〜?という辛かったノリとは違う、本気の見定めだ。


「大丈夫です。大丈夫ですし、まだちゃんと説明聞いてないので腑に落ちるところまではいかないですが、いい加減な形で心理カウンセラーをしているわけじゃないのをいいたいくだりがあることは、なんとなく伝わりました」


「嬢ちゃん、ありがとうよ。そこは結構大事だからな。じゃ、そろそろ本題に入ろうか。そもそも探偵のメインの仕事は調査だ。調査に始まり調査に終わる。それ以上でもなければそれ以下でもない。それが探偵だ。

 素人では解明できない謎を調査するんだ。それは依頼人の思い込みであることでも調査して、調査して、それは思い込みでしたよ。と伝えてあげるのも探偵の仕事だ。正直言って、人間の泥臭さと向き合っていく仕事なんだよ」


「はい。私もそのつもりです。だって子供の頃、私が抱えている闇や母が抱えている闇にもきっとその時の探偵さんは向き合ってくれたと思っています。依頼内容自体は、母の倫理観の崩壊を裏付ける証拠探しただったと思いますけど、その探偵さんがしてくれた中には確かに私の精神的なフォローも母の精神的なフォローもあったと思います」


「そうだろ。そこが探偵の本質なんだよ。嬢ちゃん。そこをわかって探偵やりたいなら本物だな。俺が太鼓判叩いてやる」


 人間の泥臭さと向き合うことこそが探偵の真髄なんだよ。と言う法明寺の考え方には賛同できる。

 暁美自身もその泥臭さと向き合ってもらったからこその探偵という職業への憧れのスタートだった。

 法明寺は、探偵業やりがいポイントに共感した暁美に気持ちが刺さったのか、今まで散々、からかいながら否定してきたが、暁美を掌を返したように肯定する。ここまで肯定されるとなんだかこそばやすいけれど、相手がちゃんと本気で話してくれているだから、暁美もちゃんと真剣に応対しなきゃと思ってうなづく。


「ここまで話して、嬢ちゃんは探偵のなんたるかを分かったわけだ。っとするとその流れからすると??」


 法明寺は、ここで、またたばこに火をつけて大きく吸って煙をはきながら、右手でたばこを持ち大きく振り上げる。


「人と人の泥臭い部分のさらけ出し合いだからこその心理カウンセラーなんですか?」


「そうだ、そうだ、そうなんだよ」


「心理カウンセラーでお客さんからうまく騙くらかしてお金をとってやろうとかの考え方じゃないんですか?」


 正直、暁美が気になっていたのはここだ。探偵業が本来の生業なのに、心理カウンセラーをしかもエセ心理カウンセラーとして相談者からうまいことお金もらってやっているんじゃないか。と思った時に、それは相談者に対する冒涜なんじゃないかと思ったからこそ、法明寺に詰め寄ったのである。


「嬢ちゃんが、心理カウンセラーについてガッツリ攻めてくる理由はそこか。うまく騙くらかしてやろうなんて思ってるわけないだろ。

 正直、興信所や探偵事務所でやらずぼったくりのところも結構多い。そういうところと提携しているカウンセラーや占い師も多い。

 ただちゃんとしたところもあって、そもそもが相談者は精神的に参っているだけで、話を聞いてあげて道筋を示してあげれば解決する人だっているんだ。それでも本人の気持ちの中で問題解決しないケースももちろんある。

 そういったケースの際にカウンセラーや占い師は、自分の信用を置く興信所や探偵事務所に相談者を紹介したりする。もちろん紹介手数料はもらったりするところもあるが、もらわないところもある。その辺はまちまちだ。色々な考え方のカウンセラーや占い師がいて、いろんな考え方の興信所がある。

 ただ一ついえることは、どんな考えでやっていたとしても協力関係にはあるってことだ。

 そこは嬢ちゃんが言う業界の常識が、嬢ちゃんの求めている倫理観と食い違っていたとしても、それが事実としてある環境だ。

 相談者の相談内容は、さきほども言ったが、浮気調査、家出調査、身元調査、盗聴・盗撮調査、いたずら・ストーカー対策調査がほとんどだ。

 想像してみろよ。この相談内容のすべてでポジティブな話は一個もないだろ。だからこそ相談者は精神的に参っている状態が多い。興信所や探偵に相談きている時点で精神状態は、もはやマックスなんだよ」


 探偵の業界の話、探偵や興信所に相談してくる相談者の心理状態。同じような心理状態のお客さんから相談を受けることも多い占い師や心理カウンセラー。プロセスは違えど、答えを求めている人をその人が求めているやり方以外を提案することもできるのがまさに提携をすることで生まれることである。

 だからこそ暁美の先入観や考えで、業界として起きている事実をどうのこうの言うのはお門違いだろと法明寺には、追加で言われているみたいだった。当たり前だけど、的を得ているように聞こえるその説明に色々と反論できるわけもなく、暁美は相槌をしていくことが精一杯だった。


「たしかに言われみれば、そうかもしれないです・・・・・・」


「だろ??興信所や探偵は、もちろんきた段階ではしっかり相談も乗る。もちろん予算次第だかな。

 それはそれで仕事としてやりきるが、そこまで予算をかけずに自分のなかでの気持ちの整理がつけば、調査までいかずに済むケースだっていくらだってあるんだよ。

 だから心理カウンセラーとか占い師ってのが大事で、そこで解決するならそれに越したことはない。ここまで言えば、嬢ちゃんならわかるだろ?」


「つまりは、相談者さん達が自分で自分を追い詰められるところまで行って探偵さんに相談する前に、心理カウンセラーとか占い師さんで先に触れ合っていくことで、探偵さんまでに行かずに終わるケースがあるし、もちろん心理カウンセラーとか占い師さんとの話でやっぱり気持ちの整理どころが無理だってなった時の次の拠り所としての探偵さんっていう道筋が大事ってことですか?」


 納得感があるわけではない。あるわけではないけど、法明寺が思う業界や提携やこの事務所としてできることを聞く限り、今はまだ理由の着地どころを見出してあげることがいいのかもしれないと暁美は思った。

 法明寺も暁美が言いこそはしないもの、きっと表情や態度が腑には落ちていないけどと、思っているいるのを感じているからこそ、質問形式で答えを出そうとしたのも伝わった。


「そうだ!!よくできたな嬢ちゃん」


「・・・・・、子供あつかいしないでください」


 直接頭に届くような距離ではなかったが、子供の頭をなでる様に左手を差し出しそこに頭があらんとばかりに空間を撫でている姿を見て、うわー気持ち悪いといったような表情と共に自分の体を両手で庇うようにして逸らす。

 本当は気持ち悪いわけではなく、悔しいのが半分以上締めているけど、その気持ちは言わない。


「まー、そういうなよ。俺の言い方の問題かもしれないが、普通に褒めてるんだぜ。人の好意を素直に受け取るもんだぞ」


「そ、そ、そうですね。法明寺さんがここまでちゃんと話してくれるって思わなかったので、ついつい私の中での法明寺さんへの反応の仕方を間違っちゃいました」


「反応の仕方を間違うって、嬢ちゃんにとっての俺は、なんなんだ・・・・・・」


 暁美は、自分の体を両手で庇うようにして逸らした姿勢はまだ戻さなかったが、この一連の流れで、今までしてきてた法明寺が暁美をからかったり、小馬鹿にしながら話している雰囲気にはなくなったので、信頼関係も少しは前進したのではないかと暁美は思えた。


「話は戻るが、心理カウンセラー・占い師と探偵ってのは密接な関係なんだよ。だから嬢ちゃんが想像しているような、うまく騙くらかしてやろうとはって偏見は逆にやめてくれると助かるわけだ」


 ここまで説明しきった法明寺はいつもの。とまでではないけど、また少しふざけたような言い方と表情をして、たばこを吸い終わり、灰皿にたばこを押しつけ、暁美を宥めるように説明を終える。

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