第3話 条件②

「ちなみに法明寺さん」



「ん、なんだ?」

 いい加減握手も手が汗ばんで気持ち悪いので、暁美はこのタイミングで問いかけと共に手を離す。


「筧って言葉に何かピンとくることありますか?」


「筧?お前の苗字になんか特別な意味でもあるのか?」


「いえ、なんでもないです」


「ん??まてよ。昔なんか絡んだような絡んでないような」


 んんん?っと斜め右上を見ながら昔の記憶を探るように考え始めた法明寺を見て、暁美はほとんど可能性が低いと思われる”あの事”に踏み込んでみる。

 暁美としては法明寺の人となりを考えても、そうであってほしいし、そうでなくても欲しい気持ちが入り混じり複雑だ。


「私、昔、探偵さんに助けてもらって、それが探偵を目指すキッカケに繋がったことがあって、その話をもうちょっと掘り下げていいですか?」


「あ、ああ、なんだよ。そんなに改まって」


「法明寺さん、昔、筧って依頼人から調査依頼を受けた事ないですか?」


 ご都合主義で見つけただけの探偵事務所の人にいきなりこんなことを聞くのはどうかと思う気持ちもありつつ、暁美の行動領域の中で目に止まる個人探偵事務所がここしかなかったのもあり、ついつい可能性を模索してみたくなる。

 暁美は心臓の高なりが聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいの鼓動を感じつつも、法明寺の一挙手一投足を見逃さすに瞬き一つせずにじっくり見つめる。


「あ、ん、あー。どうだったかな?嬢ちゃん、それいつの話よ」


「私が、小学3年生の時なので、7年前とかです」


「7年前って・・・・・・」


 法明時はソファに座り腕組みをし初めて、頭をぐるぐる回している。完全に記憶にあるわけでないけど、思い当たらないわけでもないのか。どうなんだろ?どうなんだろ?仮にその時の探偵さんだったとしても、この堕落っぷりを暁美はどう受け止めたらいいんだろう。


「そんなような相談を受けて調査したような気もするし、してないような気もするしわかんねーや」


 にひひと笑う法明寺にガックリする暁美。ガックリに合わせて暁美もソファに腰掛ける。


「そうですか・・・・・・」


「仮にその探偵が俺だったとして、筧、お前はどうなるんだ?そこはすごい重要なところなのか?」


 法明寺のするどいツッコミに少しだけ見透かされたようにびっくりしてしまう暁美。お前の探偵になりたいって覚悟は法明寺がその時の探偵なのかそうでないのかで変わるものなのか?、そんな中途半端な覚悟なのか?と問われているようだった。


「いえ、そんなに重要ではないです。ただ、昔、もしかして母が相談しにいくとしたらこんな探偵事務所かなっと思って自分なりにシュミレーションして問い合わせてきた事務所だったので、その仮説があってたら私、相当探偵としてのセンスがあるんじゃないかのかなーと思っただけです」


 たはは。と少し照れ笑いのような表情と頭を自分でポンポンと叩きながら参ったなーという仕草をしてごまかす暁美。


「まーそんなご都合主義な話の展開もないだろ」


「まーそうですよね」


 本当は、もし法明寺がその時探偵さんだったら、あの時に暁美に与えてくれた安心感と許容力がなぜこの人にはなくなってしまったのか、もしかしたら今みたいな腑抜けになってしまったキッカケがあるんじゃないか。

 なんて、またまた深堀調査したくなるような気持ちを発動して、そのキッカケの原因がわかったら、暁美がなんとか昔みたいに戻せないかどうか。なんていう妄想爆発させてみたことは、もちろん言わない。

 暁美としても、現段階ではこれ以上の追及はよくないと思ったので、またどこかでタイミングがあればと思うものの一旦この会話を終了させることにする。


「そいじゃ、今日はもうこの後は何もないから明日からまずは俺のアシスタントとして、タダ働きでがんばれよ」


 言われてみれば、法明寺とのやりとりで相当大幅な時間の見積もりが狂ってしまった事に今更ながら暁美は気がつく。時計を確認すると19時半。スマホを見ると母からの着信もラインも来ている。


「やばい。今日は私もう帰らないと」


 そう言って立ち上がる暁美に


「おいおい、今日は何もないから帰っていいとは言ったけど、普段で業務こなしていくなら何日も自由が利かないくらいの仕事量と時間とか覚悟しろよ」


 19時半という時間に対してもうこんな時間といった暁美に対して、本当に探偵業をやる気があるのかとまたもや法明寺にも思わせてしまったようで、法明寺は改めての覚悟を問うてくる。


「もちろんです。ただ、私は母子家庭で育っていて、母は仕事がどんなに忙しくても私が小さい時には、夜時間を取ってくれたり、その代わり、休日と呼べる休日も作れなくて・・・。私のために色々がんばってくれた母だったので、あまり心配をかけたくないんです」


「じゃ、探偵やめるか?」


「やめないです。母は私に大学までちゃんと卒業してほしいみたいなので、そこはしっかり守りたいと思っています。でも学校を休まなければいけない時があるのもちゃんと理解してます。

 そこはまだできてないけど、母ともしっかり話をして調整していきますので、今の所は目をつぶってください。お願いします」


 もちろんここまで交渉してゲットしたアシスタント権利である。じゃ、やっぱり無しなと言われてしまうと困るけれども、この合意ラインはものすごく大事なので、法明寺からまた馬鹿にされるかもしれないけど、なんとか両立したい領域なので、癪だけど頭を深く下げてお願いする。


「・・・・・・、まーそのくらいの思いがあるならとりあえず認めてやるよ。ただそれで俺の事件で嬢ちゃんがその行動をして少しでも迷惑かかったり、うまくいかなかったりしたらすぐクビな。自分の意思を通して突っ撥ねるなら、それだけの覚悟と責任を持ってやらないとな」


「はい。ありがとうございます。それじゃ、また明日来ますね」


 法明寺からすると何を甘いこと言ってるんだと思う面もありつつも、暁美なりに色々調整してがんばろうとしているのはその真剣な態度から重々伝わっていたので、これ以上、この点をを追求してもしょうがないと思ったようで、仕事に対する責任だけは、最悪のペナルティであるクビも示唆しつつ、しっかり取らせるような発言をするだけに止めてくれた。 


 暁美は、法明寺にお礼を言って、立ち上がったソファから急いで玄関のところまで行き、扉を閉める。


 閉めようとしてから、もう一度だけ扉を開けて


「法明寺さん、本当にありがとうございます」


 そう言って、扉を閉めて、急いで駅まで向かい、母にスマホで今から2〜30分で家につくね。とラインで返して急いで戻る。

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