第2話 条件①

 心の中では大はしゃぎのガッツポーズの暁美も、どうも法明寺には馬鹿にされたような対応をされているのが、少し気に食わなかったので、自分で提案しておいてなんだが、すぐにはリアクションせずに、あえて間をおく。


「ありがとうございます。法明寺さんのお役に立てるようにがんばります。出来高でいいとは言いましたが、電車賃もかかるし、活動費はやっぱり私も必要なので、私が動いた分の取り分は決めさせてもらっていいですか?」


 あくまでも暁美ができる限りのビジネスライクな対応をして見せる。

 出来高提案を、少し考えてOKしてくれた事は少なくともデメリットは無いと判断されたと思うので、今の何もできない状態で条件提示してみても、じゃーお前要らないよ。とはならないと信じて聞いてみる。

 いきなりの条件を突きつけて、目をぽかんとする法明寺は、少しだけ間を置いて、顔を下向けて、肩を震わせながらクスクス笑い始める。


「な、何がおかしいんですか?」


 暁美は、舐められないように対応したつもりだったので、じゃ、いいよ。お前要らない。と言う返答以外を想定していなかった。

 じゃーいいよ。お前要らないといわれた時は、わかりました。でも高校生でお小遣いがあるわけじゃないので、そこだけ覚えておいてもらって、結果出した時はすぐにでも検討してほしいです。と言えればそれでよかった。

 なーなーにされてジリ貧になるのだけを事前に防げれば。

 何か自分が言ったことが笑われるようなことを言ったのかもしれないと思った瞬間に暁美は少し恥ずかしくなってくる。

 馬鹿にされたくなくて、毅然と接したつもりが、その結果笑われるのは、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。顔も熱くなってきているのがわかる。


 法明寺は、顔を上に向けて手で目を隠すように笑いをこらえて


「いやいやいや。嬢ちゃん。探偵がやりたいのか、金を稼ぎたいのか、どっちなんだよって思ってさ」


「そ、それはもちろん、探偵やりたいんですよ。お金お金したいわけじゃないです」


 活動するのにかかるお金をお小遣いの中でやりくりしていくのは辛いですよ。というのが伝わってほしかった暁美は、法明寺に金に執着があると思われたのが、悔しいので少しだけ語尾を強めて言い返す。


「嬢ちゃん。なんの経験もノウハウも無い奴が情熱と人柄で採用されるのが新人だ。もちろん大手企業とかで働くんだったらそこに学歴やつながりも必要になってくるけどな」


 暁美の返答に今度はマジマジとこちらをみて法明寺は真剣な表情をし諭すようには語りかけようとする。暁美としては、やりとりのすべてにどうも小馬鹿にしている喋り方が気に入らないが、こちらも表情でだけ反論があるように返してみる。そんな暁美をみながらも法明寺は続ける。


「嬢ちゃんはなぜ俺が笑ったのかわからないだろ?」


「わからないです」


「募集もしていない探偵事務所に何の経験もない奴が探偵になりたいから働かせてください。出来高でいいです。って来ておきながら、今の段階で結果出せるかどうかもわからないのに、その後の提案をしてくるくらいだから、どれだけ自分に自信あるんだ。って思ってな。スクールって言葉を知ってるか?」


 法明寺の人を見下すような物言いに、悔しさよりも恥ずかしさを覚える暁美だったが、言ってしまったものはしょうがない。


「もちろんスクールはわかります。本来はお金払ってでもこの環境はありがたいんだろ。って言いたいんですよね?自分に自信がなかったら高校生の分際で探偵になろうとも思わないし、出来高でいいから雇ってくれなんて言わないですよ。自分に自信というより追い込まないと、自分の望んでいる未来にはならないと思ってんるんで」


 暁美は自分がしている提案に負い目はないと。自分では思っている。

 だからこその提案を色々しているわけであって、ノリで喋っている若者を相手にするような態度を止めてもらえるようにとにかく理路整然とした態度をとる。

 背筋をしっかり伸ばして、綺麗な姿勢で両こぶしを腿の上におきながらまっすぐな視線を向けてくる暁美に、ほほーと顎を右手でさすりながら、今度は感心し始める法明寺。


「からの出来高取り分か?」


「はい。出来高取り分です」


 どれだけ世間知らずと思われても、生意気だと思われても、自分の信念と世の中のルールが違うのであれば争うしかない。暁美にとっての争い方が今の自己主張につながっている。


「自分に都合のいい事だけをその場で考えて、発言しているわけじゃないんだな。少し考え方の方向性がおかしな方向に向いているが」


 今まで何かを探ると連動したように何かしらの仕草をいれていた法明時は今度はリラックスしたように体をソファの背もたれに身を任せ寝そべるような体勢になる。


「いいぜ。俺の事件の補助なら取り分はなしだ。お前が自分でやりきった事件なら取り分は折半だ。それ以上を求めるなら独立しろ。俺のフォローが入った瞬間に俺の補助と同じ扱いだ。つまりゼロだ。それでもやるか?」


「もちろんやります」


 一瞬の考える間もなく答える暁美に法明寺はさらに顔色を変える。さきほどむりやり起こしてからの態度やら小馬鹿にしたような笑いやらと色々な表情をしてきたが、それのどれでもないなんというか、子供の成長を喜ぶような父にも似たような表情を法明寺はしてきた。

 もしそういった心情を持ってもらえるのであれば、もしかしたらなんて思いもありつつ。


「おし、お前は金の亡者でないけど、自己主張が激しい面倒くせー奴だってことはわかった」


 そう言って法明寺はソファから立ち上がり、テーブルに左手を置きながら、右手を刺しのべる。

 

 暁美がキョトンとしていると


「ほら、握手だよ。握手。これから俺の部下として仲間としてやっていくんだろ?」


「あ、はい」


 差し出された手に少し不気味ながらも自分の手を差し出す暁美。恐る恐る差し出す暁美の手をグリっと握りしめて、ブンブン回す法明時。


「はは、何警戒してんだよ。よろしくな」


「ちょ、ま、待ってください。痛いです」


「こういうのが大事なんだよ。お前、名前なんだっけ?」


「今更ですか?筧暁美です」


「筧か。筧、とりあえず自分が花のJKであることは忘れろ。少なくとも俺の前ではだ。俺もお前をそうは扱わない。ど新人を教育するつもりでガツガツいくからな」


 今更、名前聞いてくるとか、花のJKって。おじさんコメントにいちいちツッコミたくなる気持ちを抑えて、色々与えられていた課題をクリアできたのかもという気持ちが勝ったので、とりあえず暁美はそのままの言葉を受けいれることにする。


「ただ、現場で若い女って武器が使える時もある。その時は全力的に使え。そんなことで躊躇するならやめちまえ」


 それができないならってやめちまえ。とかどんだけ自分勝手な体育会系ノリなんだよ。と心の中で暁美はさらにツッコんでみるが、自信満々なドヤ顔の法明寺を見ると、それが彼の正しいと思っている考えなのであろうから、この人を師と選んでしまった以上はある程度、暁美の価値観はどこかにおいてきたほうがいいと思った。

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