第9話   秘話「ニャーの怪」

 これも数十年前の事で恐縮ですが

 ある冬の日、

 ぼくは、おそらく本屋さんに寄って

 「さてと」っと

 自動車を動かし始めました。

 

 最初は、

 「にゃー」

 という、弱弱しい声が、すぐ車の脇で聞こえたように思いました。

 「ああ、道路に猫ちゃんがいるのかな。」

 と、思ったのです。

 ところが、それから数分走ると

 すぐまた

 「にゃー」

 と鳴く声が聞こえるのです。

 え?猫が僕の自動車を追いかけてくるのだろうか?

 ところが、次の瞬間

 「にゅあー!、にゅあー!、にゅあー!」

 と、大きな声がするではありませんか。

 しかし、いくら何でも車内にいれば、わかります。

 車内にはそんな鳴くようなものはいません。

 なななんだ、これは?

 しかし、その鳴き声は

 次第に大きく、続けざまに鳴き続けるようになりました。


 小さい街とはいえ、繁華街の中です。

 道行く人々が、みな僕の車を見ているではありませんか。

 つまり鳴いているのは、

 他ならない、ぼくの自動車そのものなのです。


 えらいことになりました。

 ぼくは、「にゃー!にゃー!にゃー!」

 と、激しく鳴き続ける自動車を運転しつつ、

 さてどうしたものかと、焦りつつも考えたのです。

 

 そこに、ガソリンスタンドの姿が!

 ぼくは、飛び込みました。


 ああ、それから、ぼくは、生涯忘れられないセリフを、吐くことになったのです。

「すみません、自動車が、にゅあー、にゃー、鳴くのです。助けてください!」


 これを聞いた、ガソリンスタンドの店員様は、唖然としました。

 そりゃそうでしょう。

 さっきまで、ひどく鳴いていた自動車は、

 停車したあとは、さっぱり静かになっていたのです。

 ぼくは、危うく病院に通報される、一歩手前に立たされていました。

 店員さんが、数人ぼくの周りに集まってきました。

 「うわあ~、どう言えばいいのさ!」

 困惑するぼくの横で、

 車が「にゃ~!」と鳴いたのです。


 こんどは、店員さんが慌てる番でした。

「おわ! 本当に鳴いた!」

 さあもう、大変です。

 ところが、自動車の中やら下やらボンネットの中やら、

 数人がかりでその犯人を捜しまわったのですが、

 まったく姿がありません。

 しかしまた

 「にゃ~!」

 と鳴くではありませんか。

 「おかしいなあ。おかしいなあ。」

 

 あたりに漂う、怪し気な空気

 お寺の鐘が、陰にこもって「ぼ~~ん」

 とは、まあ真昼の街の中なので、そうはなりませんが・・・

 

 そうして探し回った挙句。

 「いた、いた!」

 ああ、もう生まれて、そう間もないだろうという、小さな小さな子猫が

 エンジンの隙間にねじれ込んでいたのです。

 「まあ、よくこんなところに入ったなあ。」

 感心するやらびっくりするやら。

 しかし、これでは収まらなかったのです。

 出ない!

 出てこないのです

 小さいし、奥に挟まってるし

 しかも、本人は、暖かいからか、そこがひどく気に入っているらしく

 まったく出ようとしません。


 店員様が、ようやく苦労して引っ張り出した!

 と思う間もなく、スタンド中の地面の上を猛ダッシュして逃げ回り

 また、エンジンのお腹に逃げ込みます。


 これを、何回繰り返したやら。

 やっとの思いで、お縄となったねこちゃんは、

 結局、お礼も言わずに、

 どこかに走り去って行ってしまいました。


 「かめさん」だって、「ばいばい」してくれるのにですよ!

 まったく、もう。

 ある、寒い冬の日の、恐ろしくも、可笑しな物語でした・・・・・。





 











































 

 








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