それでも星は降り注ぐ

 体を包む衝撃。ハッとして目を開くと、その瞬間、不快な頭痛と胃のむかつきに襲われ、顔をしかめる。ぼんやりとした視界が徐々に鮮明になっていく。自分の部屋ではないが、見覚えのある部屋。それから、心配そうに覗き込んでくる宙乃の顔。

「……生きてる?」

 思わず口をついた呟きに、宙乃の表情は呆れたそれに変わる。

「何言ってるの、まったく。大丈夫、記憶ある?」

 ベタなまでにズキズキする頭を稼働させ、記憶をたどる。昨日は高校の部活の同期の結婚式だった。その二次会で、色々あって派手に飲んでしまった。酒に弱いほうではないと思ったが、そこからどう帰ったかはあまり覚えていない。中に入るのは久しぶりの宙乃の部屋。視界の隅に準礼服のジャケットと白ネクタイがかけられている。それから近くが目に入ってくる。すぐ右手には一人暮らしには大き目なソファーが見える。おそらくそこで寝ていて、堕ちた衝撃で目が覚めたのだろう。上着以外は結婚式に行った恰好のままで、ズボンはあちこち皺になっている。クリーニング出さないと、とどこか場違いなことが頭に浮かんだ。

「連れて帰ってきてくれたのか」

「そうよ、一人で帰れそうになさそうだったし、さすがに男に肩貸して長々歩けるとも思わなかったから」

 宙乃と俺の家は歩いて30分くらいだから、最寄り駅は別になる。駅から家までの距離は宙乃家のほうが近い。というか、駅から5分かからない距離である。

「ごめんな」

「いいわよ、別に」

 そう答えて、宙乃が離れていく。いつまでも床に寝転がっているわけにもいかず、体を起こす。時計を見ると10時頃で、十分に寝たおかげか、頭痛はあるものの、ふら付きはなかった。

 意識がはっきりとしてくるのと同時に、軽い自己嫌悪に陥る。夢の内容は、夢だったのかと思うくらいしっかりとしている。支離滅裂な夢だったし、都合のいい夢だった。顔を動かすと、宙乃はキッチンのほうにいた。そう、都合のいい夢。その夢に、何となく抱いていたものを自覚させられた。

「ほら、さっさと酔いを醒ましなさい」

 目の前のガラスのテーブルにどんぶりより少し小さい器が置かれる。どこか懐かしい香りは器の中の卵雑炊からだった。言われるがままに口に運ぶと、優しい味付けが体に嬉しい。食事が入ってきたからか、胃のむかつきも収まってきた気がする。

「あれだけ飲んで、食欲があるのもすごいわね」

「なんとか。これじゃなかったら食べられなかったかも」

 体面に座った宙乃にありがとうと言うと、一瞬目が見開かれてから、すっと細められた。

「やけに殊勝ね。何かあった?」

 夢のせいだ、とも言えず、苦笑を浮かべてごまかすことにした。

「ああ、俺が酔いつぶれる程度には」

 まあ、全く嘘というわけでもなかったし、宙乃も信じてくれたようだった。

「なら、ちゃっちゃと食べて行くわよ」

 どこに、とは聞かない。今日は前々から、流星群を見るために、あの場所に行くことになっていた。

「人間の悩みなんて、星の光に比べたら短くてちっぽけなものだから」

 はにかむような表情を見せてから、座ったばかりなのに慌ただしく立ち上がる。照れ隠しなのだろうと思うことにして、そのまま朝食の続きをいただく。ちゃっちゃとと言われたが、せっかくだから少しゆっくり堪能することにした。



 すぐに準備して迎えに来る、と伝えるや否や、宙乃に頭をはたかれた。

「酔っぱらいの後ろに乗るつもりはないのだけど」

 呆れた声に、何も返す言葉はなかった。昨夜から半日以上たっているとはいえ、飲んだ量が量だった。結局、俺の家の最寄り駅で待ち合わせ、そこから電車とバスを乗り継いで目的地まで行くことになった。

 どちらにせよ、バイクに積んでいた荷物を取り出したりする必要があり、急いで準備に戻らなければならない。のだけど、宙乃は慌てて部屋を出ようとする俺を引き留めた。それから、彼女の荷物を俺に手渡す。

「誰かのお金で新幹線を使えば、まだ時間に余裕はあるし、酔い覚ましに歩いたら?」

「……いいのか?」

「いつも来てもらってばっかりだから、たまには私が行くのも悪くないと思って」

 宙乃の中では決定事項なのか、俺が答えるより先にドアを開けて外に出る。それに、と部屋の中に振り替える顔は晴れやかに笑っていた。

「こんなに綺麗に晴れてるのに、夜にしか味わないのももったいないでしょ」

 かくして、冴えわたる天体観測日和の空の下、宙乃と並んで歩く。国道沿いの道を歩いていくのが一番の近道だが、これも宙乃のせっかくだからという言葉で、一本ずれた河川敷の道を歩いていく。

 清々しい陽気のなかに、たまに吹く涼しい風という気候からか、河川敷には散歩など多くの人がいて、団体とすれ違う時には自然と距離が近くなり、手の甲同士が軽く触れ合う。

「変な話なんだけど」

 すぐ傍に感じる宙乃の存在に、夢の最後のほうを思い出す。夢にしては珍しく、まだ全体的にはっきりと頭の中に残っている。

「今日が地球最後の日だって言われたら、宙乃はどうする?」

「本当、変な話ね。なに、映画の話?」

「まあ、そんなところ」

 そういえば昨夜、テレビでは少し昔の映画が流れていたような気がする。小惑星が地球に落ちてくるアメリカの映画。それを耳にしながら寝たせいで、あんな夢を見たのかもしれない。

 俺の突拍子もない質問に、宙乃はまじめに取り合ってくれるらしく、しばらく顎に手をやり考え込む。

「そうね、まだまだやりたいこととか、未練はいろいろあるけど」

 指先同士が軽く触れ、わずかに絡む。それも一瞬のことで、すぐにパッと離れた。

「仮に今日で世界が終わるといわれても、このまま予定を変えるつもりはないかしら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界の終わりの星石に 粟生真泥 @midoron97

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ