-2- 忘れ物のペンダント

 あれは、私がこのお店で働き始めて半年くらい経った頃のこと。


 ドラマで見た小料理屋の女将さんに憧れていた私は、お母さんの従兄弟にあたる大将が、お店の助手を探していると聞いて、住み込みで働かせてもらうこととなった。


仕事の方にも慣れ、幾分肩の力も抜けて、常連のお客さん達と談笑することができるくらいにはなっていた。


 そんなある日、ハンフリー・ボガートを彷彿させるような中折れ帽を被った、年の頃だと6〜70代くらいの男性のお客さんが来店されたのだ。


「いらっしゃいません。こちらへどうぞ」


 私はその男性を自分の正面の席に案内し、おしぼりを渡した。


「ビール一つ。あと『ひじきの煮物』ってありますか?」


 それを聞いた大将が、


「新ひじきの良いものが入りましたので、今、お通しがそれになっております」


 と、答える。「それは嬉しい」と、その男性は言った。


 私はビールの栓を抜き、グラスとお通しの「ひじきの煮物」と一緒に男性の前に置いた。


 ひじきの煮物の中身は、ひじきと大豆、さやえんどうを細切りにしたものを、あっさりと炊いたもの。


 割り箸を割り、男性はひとつまみ箸でつまむと、口の中へと入れ、しばらくすると、


「ここも違うか」と、ボソリと呟いたのだ。


 食器を洗っていた私は、思わず「えっ?」と言ってしまった。


「あ、申し訳ない。こっちのことですから。お気になさらずに」


 と、大丈夫大丈夫と左手を横に振った。


「そういえばあんた、別の店で何回か見たことあるな。どこでも「ひじきの煮物」あるか?って言ってなかったかい?」


 空席を挟んで、すぐ横に座っていた辰さんがその男性に尋ねた。


「気分を害されたのでしたらお詫びいたします。実は、私の亡くなった姉の作るひじきの煮物の味が忘れられなくて、どこか同じ味が食べられるお店はないものかと、方々訪ね歩いているのです」


 男性は恥ずかしそうに頭を掻くと、そう言った。


「そうでしたか。と、いうことはうちも違ったということですな」


 一段落した大将が話に入ってきた。


「プロの方が作ったひじきの煮物と、素人料理の姉が作ったそれと比べてしまって申し訳ない」


「長年食べて来られたご家族の方の味に、私共が太刀打ちできるわけはありませんよ。お気になさらずに」


 と、大将が答える。誰しもが思い出の味を持っている。唯一無二のどんな料理よりも食べたいもの。でも、二度と食べられなくなってしまっていることが多いのも思い出の味を美化させている要因だろう。


 そのあと男性は簡単に食事をすませるとお会計をして、お店を出て行かれた。


「死んだ姉ちゃんの味か。おれも、亡くなったおふくろの煮物をもう一回食いたいと思うことあるから、よくわかるわ」


 残っていたグラスのビールを飲み干すと辰さんが言った。


 男性が座っていた席を私が片付けていると、なにやら椅子の足元に楕円型をしたシルバーのロケットペンダントが落ちていることに気づく。


「さっきのお客さんの落とし物かな?」


 失礼だとは思ったが、チャームの中を開けてみると、年の頃だと二十歳前後の女性のセピア色をした写真が収まっていた。


「おぉ〜可愛い娘じゃないか。さっきの人の奥さんか娘さんの写真かもしれんな」


 覗き込んできた辰さんはそういった。


私は、とりあえずそれを忘れ物BOXへと入れ、他のカウンターの片付けをすることにした。

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