とみちゃんと天国のレシピ 〜お姉ちゃんのひじきの煮物〜

黒猫チョビ

お姉ちゃんのひじきの煮物

 ここは表通りから裏路地に入り、奥の奥の更に先に行くとポツンとある、土筆つくしの絵が書かれた暖簾のれんがかかった、10坪くらいの小さな小料理屋。


 L字型のカウンターと椅子が6脚あるだけのとても狭い店内は、今日も満員御礼状態。口寄せで有名なイタコの血筋の相内富美子、こと、常連さんから『とみちゃん』と呼ばれている私と、大将は忙しく仕事をしていた。


 ガラガラッ


「いらっしゃいませ」


 私は入り口の方に向かって声を出す。


「おっと、やっぱり連休だけあって混んでるな」


 声の主は近所の紡績工場を営む社長の純一さんだった。


「ごめんなさい。いつも来るくらいの時間だったら開いてると思うんですけど」


 と、私が純一さんに告げると


「あそこの席は予約?」


 お店の一番奥、逆さまに置かれたグラスと、未使用の袋に収められた割り箸が一膳置かれた空席を指差した。


「悪いね。そこはとみのお客さんの予約席なんだよ」


 と、イチョウの葉のように切り開き、衣を付けたあじを油の中に入れながら大将が言う。


「とみちゃんのお客さんの予約席?あ、もうそんな時期か。うん、わかった、また後で来るよ」


 そう言うと、純一さんはお店を出て行った。


「富美子さんのお客さん?」


 日中釣りに出かけ、大将がフライにしている鯵を持ち込んだ最上もがみさんが尋ねる。


「はい。私が一番最初に『思い出の味』を作った大切なお客さんです」


 大将がキツネ色に揚がったアジフライを油の中から引き上げると同時、私はキンキンに冷えたビール瓶の栓を抜き、最上さんの前へ置いた。


「そうか、もがちゃんはこのお店に来るようになったの最近だから知らないか」


 と、最上さんの横でグラスにビールを注ぐ辰さんが言う。


「純一さんが『そんな時期か』と言って見えましたので、毎年決まった頃に来店されるということなのですかね?」


 私は最上さんの返答に頷く。


「はい。お姉さんの命日の日に、毎年思い出の味を食べにいらっしゃるんですよ」


 そういって、私は予約された空席に視線を移すのであった。

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