人生をありがとう

 この人生の中で不思議を一つ上げるとするなら、あのカフェで彼女とあったことだろう。もし私が彼女に会うことがなければ、どうなっていただろうか。そんなことを考えることは出来ない。

 静かな空間に波の押し寄せる音が聞こえる。 

 彼女と初めてあったのは人生がどん底だった三十歳の梅雨時だ。五十年の歳月は案外早いものだと私は思うのだ。

 「なあ。私に楽しい人生を与えてくれてありがとう。感謝しているよ」

 そっと彼女の手を握ると、私と出会ったときのあの表情を私に見せてくれた。

 白い病室。そこのベッドに彼女は横になっている。

 その病室からは綺麗な海が見えて波は穏やかに押し寄せては引いてゆく。彼女の手からは力が抜けてしまっていたが私はその手を離さなかった。そしてなんども私は彼女に感謝した。

 医師も近くに寄ってきて穏やかな口調で話しかけてきた。

 「良い表情をしていますね」

 「ああ。私はこの微笑みに何度も救われたんだよ」


 My dear.

小さな幸せの積み重ねが。私の中にあるから、悲しくもないし寂しくもない。あなたは私の中で生きている。


~雨の日に~

 

 

 

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雨の日に。 冷凍氷菓 @kuran_otori

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