雨の日に。

冷凍氷菓

出会いを思い出す

 ボサノヴァのかかる店内。珈琲の香りに和みつつ、私は雨の降る外を眺めている。珈琲をひとくち口に含み香りを楽しむ。

 今私がいる席は、外に向いたカウンター席で雨の降る街は眺めたくなくとも眺めるしかないのだが、今日に限っては悪い気はしない。

 雨を見たい気分だから。単純なことだが今日は色々ありすぎた。

 会社の倒産から始まり、その事実を彼女に告げれば「別れましょう」と言ってきた。 

 傘を差して走っているサラーリーマン。私も昨日まではそうだった。なんだかここまで悪いことが続いてしまうと滑稽に思える。あの走っていくサラリーマンに言えることがあるとしたら「私みたいになるなよ」とだけ。

 十数年会社に尽くしてきてこのザマとは、考えたことはなかった。それがわかっていれば途中で辞めていただろうに。

 私は大きくため息をつきながら、珈琲を口に含む。

 ふと私は横の席に座る女性へと目を移した。彼女は肘を着き本を開いている。私とは対象的な表情をしている。

 満たされたような、充実感のような。私を不幸な人と言えば、彼女は幸せな人と言えるだろう。まるで違う二人がこんなに近くに座っている。

 雨の降る外から、今は幸せそうに本を読む彼女を眺めている。

 彼女は時折クスりと笑ってみせる。一体どんな本を読んでいるのだろうか?

 ライトノベルやファンタジーの類だろうか。もしかしたら、恋愛小説かもしれない。この人には結婚間近な彼氏が居て、そんな彼との結婚生活を想像して、物語と重ねながら本を読んでいるのかもしれない。

 だが急に彼女は寂しそうな表情になり、真剣な目つきで読み進めている。一体短時間になにがあったのだろうか。面白くて、寂しい話?

 なんと忙しいことか。

 そんな時、彼女は私の方を向いた。彼女を見ていた私は気まずくなって、宙に目をやったが彼女は私に声を掛けた。

 「さっきから、溜息ばかりついてましたけどどうかしたんですか?」

 その質問に私は驚いた。彼女は本を読みながらもこちらの様子を窺っていたようだった。

 「いや。ああ。」

 驚きのせいもあるし、話しかけられるなんて考えてもいなかったから、なんと答えればいいか分からず上手く言葉にならなかった。

 彼女は本を閉じ、珈琲を手にする。一口飲むと彼女は言った。

 「何かに困っているのならお話だけでも聞きますよ」

 「ああ。そう」

 私はそう答えた。面識がないのに話を聞くなんておせっかいだしお人好しだし、普通の人はやってのけることではないだろう。

 彼女は一体何なのかと私は思った。

 彼女はコーヒーカップを両手で抑えて話し始める。

 「私も以前、悩んで。悩んで。でもどうしようもなくて。誰かに頼ることもできないでいたことがあったんです。誰かにこの思っていることを吐き出したいって思ってもどうしても出来なかった。」

 「はあ。」

 「ごめんなさい。私が話聞いて貰っちゃってるみたいで」

 私はそうやって、心の内を開いてくれた彼女に少し興味が湧いて来たのもあり

 「いや。いいです。話してください」

 そう言って続きを聞かせて欲しいと伝えた。

 「ありがとうございます。ほら、友達に本当の悩みって相談できないじゃないですか。あなたはそうじゃないかもしれませんけど私はそうなんです。友情って案外壊れやすくて、私が苦しんでることを伝えて、もし軽くあしらわれた時には、この人友達だと思ってたのにどうしてってなると思うんです。実際に私が中学生くらいの時にあったんですけど。だから話を戻すと、こういう赤の他人だから話せることがあると思うんです。どうですか?」

 私は何だか納得できた。彼女の様な経験はないが、確かに友人には相談できないこともあった。漠然とした不安がそこにはあって、今まで楽しく遊んでいた友人が離れていってしまうのではないかと思うことがあるのだ。

 私は決心して、彼女に今日あったことをぶちまけることにした。彼女なら、絶対に聞いて分かってくれると思ったからこそだ。

 「はい。実は今日――」

 

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