第4話
男性が運転する車の後ろに、青年が運転する車が続く。少女を助手席に乗せて。
二人は男性の家を知っていたわけではない。それでも、近くに来ると直ぐに分かった。住宅地の中の一軒家、その庭にある一本の梅の木が、その存在を誇示していた。
「かなりきつい
少女の言葉に、青年は頷く。
車を止め、降りる。男性も車を降り、二人に近づく。
「あれが、問題の木ですね。触れても?」
「
青年は木に歩み寄ると、そっと右手で幹に触れた。少女はその一歩後ろで、そのまた一歩後ろで男性が静かに見守る。
静かに静かに時間が流れていく。青年が木二手を当てていた時間は、実際のところ3分に満たない。だが、見守っている二人には、その何倍にも感じられた。
「京子」
名を呼ばれ、少女は心の中で構えた。彼女はあくまでもアシスタントであり、仕事は青年がこなしてきた。ただし、一人では無理だと彼自身が判断した場合、少女も手伝う。それほどまでに難しい物なのかと思ったのだ。
一拍を置いて、青年が続ける。
「呪を探ってみろ」
青年はあくまで木の方を向いたまま。だから、少女の動作は見えていない。それでも少女は頷いた。
青年の隣に進み、木に手を当てる。目を閉じ、精神を呪に集中させて探る。
何に対して掛けられた呪なのか、出所はどこなのか。
忌々しい、少女は心の中で呟いた。そして、呪から意識は離さず、隣にいる青年に話しかける。
「先生」
それを聞き、青年は隣にいる少女を見た。続く言葉はだいたい分かる。だからこそ、呪への意識は糸1本程度でよい。
「これ、あたしにやらせてくれないかな」
「手伝いは?」
「いらない」
少女は即答した。
青年は、少女が長くとどまろうとしていることも、その為に必要なことが何なのかも知っていた。だからこそ、今一度確認をする。
「かなり消耗するぞ。いいんだな」
「わかってる。でも、これはあたしがやらなきゃいけない。先生に手伝ってもらうわけにはいかない」
その言葉の意思に、青年は木から手を離すと、男性の隣に下がった。
その様子に、男性は不安を覚えた。隣にきた青年に、そっと声を掛ける。
「先生……」
今まで何度も依頼をし、その作業も見てきた。いつも、青年が作業を行ってきた。青年が退き、少女が行うなどこれまで一度も無かったのだ。
「大丈夫ですよ。あれでも彼女の力は相当なものですから。我々は、見守るだけです」
少女は木に手を当てた体勢から、ぴくりとも動かない。神経をただ、呪を解くことだけに集中させている。
呪を探り、全てが分かった。分かってしまった。
これは、一族を抜けた者への嫌がらせだ。瑠璃子はずっとこれと戦ってきたのだ。人として生きていたときから、今でもまだ。
彼女が指定した半年は、最後まで自分でどうにかしようという思いの表れだ。あくまで自分の問題とし、青年を頼らぬようにしていた。
どうにかできる保証はない。また会えると信じている夫を長く待たせることもできない。それ故の半年。
だというのに、この呪は何人もの力によって作られている。たった一人を対象としているのにもかかわらず。
けれども、この主に関わった者全員を恨むことなど、瑠璃子にも京子にもできない。命令で、やらないという選択肢など最初から存在しない若者が関わっていることも、二人には分かっていた。
いい大人がここまでしなくともいいだろうに、半分苛立ち、半分あきれた。
呪の全体をつかみ、絶っていく順番を決める。瑠璃子に手を貸し、自分がやった方が早いところは率先しておこない。
瑠璃子も、助けが入っているのは気付いていた。ずっと一人でやってきた時とは明らかに違う。助けてもらえるありがたさに、安心感に気が緩みそうになる。けれどもまだ早い。一瞬気を抜いただけで、多くの時間が無駄になる。
少しずつ、丁寧に呪を絶っていく。
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