第3話

 重い空気を取り払ったのは、エンジン音。ようやく、待ち人が帰ってきた。少女の顔がみるみる明るくなり、家を飛び出す。

「おかえりなさいっ」

 車から降りたばかりの青年に、飛びついた。衝撃を受け止めきれず、半歩後ろに下がる。長く家を空けていたわけでもないのに、珍しい。

 開けたままにされた戸の向こうに、人影が見える。

「ただいま。あちらの方は?」

「刑事さんが来てるの」

 家から出てきた男性が、青年に対して軽く頭を下げる。青年は抱きついている少女の方を両手で押しはがしながら、男性に向けて軽く頭を下げ返した。

「お久しぶりです。ひとまず、中へどうぞ」

 男性に中へ入るよう促し、少女にはそっと質問する。

「ご用件は?」

「先生が帰ってから話すって」

「飲み物やお茶菓子は?」

「いらないって」

「飲み物を用意して。私はお茶菓子を用意するから」

 少女はようやく青年から離れ、屋内へと向かう。


 一方男性は、中へと言われても、住人二人を外に置いたまま、自分だけが入るわけにもいかず、玄関先で立ったままになっていた。二人で何かを話しているようだが、彼のもとまでは聞こえてこない。

 会話が終了したようで、二人がこちらに向かって歩いてくる。改めて促され、部屋へと入る。

 家に入った少女は台所へ向かう。男性は青年に促され、腰を下ろした。自らは席に着かない青年に声を掛ける。

「お気遣い無く」

「いえ、気のきかない留守番で。もう少しだけ、お待ちください」


 少女が3人分のコーヒーをお盆にのせて戻っていくると、机の上には既に茶菓子があり、二人は向かい合って座っていた。コーヒーを並べ、自身は青年の隣に座る。

 少女の着席を待ち、一呼吸置くと話しを切り出した。

「さて、本日はどのようなご用件で」

 男性は、姿勢を正し、一度大きく深呼吸をして、話し始める。

「妻が、瑠璃子るりこが出てこないんです」

 それが例えば夫婦げんかで部屋から出てこなくなった、ということではないのはすぐに分かった。けれども、二人にとってそれはあり得ないことだった。同時にいぶかしむ表情になる。

「彼女なら、私なんかに頼まなくとも、出てこれるでしょうに」

「出てきたくないんじゃないの?」

 夫婦の間に何があったのかは分からない。けれども、彼女が出てこないというのなら、それは男性の一方的な執着に思えた。


 男性はうつむき、首を横に振る。そして、話を続けた。

「あいつは、『すぐに戻ってくるから』そう言って、逝ったんです。なのに、半年にもなるのにまだ……」

 青年が左手の指先をこめかみにあて、目を閉じた。隣の少女が代わりに話を進める。

「でも、それで先生を訪ねてきたって、どうにもならないんじゃない」

 能力があるものが、自らの意思で出てこないのなら、どうしようもない。

「あいつが、言ってたんです。『もし、半年経っても出てこれなかったら、先生にお願いしてみて』と」

「だめですね」

 黙っていた青年が、目を開け、しっかりと男性を見る。声に反応し、思念を見た男性と目が合う。

「彼女が感じられなません」

 視線をそらすことなく、はっきりとそう告げた。

 少女が、慌てて自らも探索を行う。

「いない、どうして」


 二人に告げられても、まだ男性は諦めていなかった。

「『木を調べてもらって』、そう言っていたんです。一度うちに来て、調べていただけませんか」

 青年が、少女の方を見る。予定の管理は少女の仕事だ。

「しばらく予定は入っていないから大丈夫」

「では、一度うかがいましょう。彼女とは約束がありますし」

「あたしもついていっていいよね。あの子がもういないなんて信じられないし」

 青年よりも、男性が先に応えた。

「もちろん、お願いします」

 窓の外には、赤く染まりだした空が見えた。

「今からでは遅くなりますし、明日にしましょう。今日は泊まっていかれるといい」

「お言葉に甘えさせていただきます。よろしくお願いします」

 男性は、深々と頭を下げた。

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