第2話

 それは、もう30年以上も昔の話。

 彼は密かな噂になっている霊介師れいかいしを求めて、ここへ来たのだった。

 初めてこの家を訪れたその時も、青年は留守にしており、少女が留守番をしていた。


 霊介師とは、霊との交信を行うことにより、収入を得てるものの総称である。霊との交信には、生まれながらの適性が必要であり、その力は遺伝により引き継がれる。そのため、多くの場合は一族で霊介師をしている。

 霊介師一族は、客を選ぶ。一般人では依頼を受けてもらう以前に、依頼をすることすらできない。

 そのような中、この家の主である青年は、訪ねてきたものの依頼はまず受けるということで噂になっていた。そして、その能力は素晴らしいものであると。

 当時、その4年前に起きた殺人事件を捜査していた彼は、被害者の霊から犯人を聞き出そうと、この家を訪ねたのであった。


 家から出てきた少女から、尋ね人が留守にしていることを聞かされた。

「待たせてもらう」

 彼はそれだけ言って、勝手に家に上がり込み、近くにあった椅子に腰を落ち着けたのだった。

 その態度に、少女は腹を立てた。

 自身も中に入ると、男性から一番離れた場所に腰を下ろし、そこから監視をすることにした。


 しばらく男性はおとなしくしていたのだが、そのうち、右手の人差し指が机を叩くようになった。そのまたしばらく後、両手を机にたたきつけ、少女に声を上げた。

「なんだよ、この家は。客が待たされているってのに、コーヒーの一杯もないのかよっ」

 それに対し、少女は臆することもなく、座ったまま両腕を組み、男性を睨み返す。

「第一に、あんたは客なんかじゃない。招いた覚えはないし、客なら、家の者に対しそんな風に大声を上げたりしない。第二に、ここは今のところ飲食禁止だ。先生がやってきた人を傷つけたり、追い返したりするなと言うから、お前のようなやつでもひとまず追い出さないでやってるんだ。ありがたく思うんだな」

 小娘ごときに何ができる。そう思わないでもなかったが、これ以上言い争うのはやめておくことにした。頬杖をつき、少女とは反対側に顔を向ける。


 それから1時間ほどは、ただ沈黙が流れた。待ち人は一向に帰ってこない。

 男性はスーツの内ポケットに手を伸ばし、その様子を認めた少女が言い放つ。

「言っとくけど、禁煙だからな」

 確かに、灰皿と思しきものはなかった。

「外で吸ってくりゃいいんだろ」

 そう席を立ったのだが、少女はそれさえも止めた。

「忠告しておくが、それもやめた方がいい。お前のために言ってやってるんだ」

「そこまであんたに止められる筋合いはないね」

 まだ外へ出ようとする男性。少女はこのまま放置しようかと思ったが、何かあっては先生に叱られるのは自分だ。もう少しだけ、努力をすることにした。

「あたしは忠告したからね。死体ができると処理が大変だけど、あんたが死にたいんなら、好きにすればいいさ」

 少女に背を向け、今まさに出て行こうとしていたのだが、死という言葉に反応し、振り返った。

「俺が死ぬってか」

「部屋をよく見てみるんだな」

 それぞれの机には、ビーカーやフラスコ、それによく分からない器具や装置が並んでいた。いくつかのビーカーやフラスコには、なにやら液体が入っている。また、薬包紙に盛られた粉もあった。

「先生がこの頃何か実験をされているようで、色々な薬品がこの部屋に置かれている。たまに、机に薬品がこぼれることもある。あんたは両手で机を触ったんだぞ。何が付いているのか分からない机を。手では反応しなくても、体の中に入ってしまえばどうなるか分からない。その手で煙草を吸うってのは、手に付いた薬品を体内に入れるのと同じさ」

 確かに、机を触った覚えはあった。それに、訳の分からないものを口に入れるというのはやはり抵抗があり、男性はおとなしく引き下がった。


 それからさほど待たされずに、青年が帰ってきた。

 だが、男性の目的は果たされなかった。

 時間が経過しすぎていて、目的の霊はこの世から消えてしまっていた。目的を果たせず、男性は青年を責めた。それに対し、少しだけ霊についての説明を行う。

 霊と交信するのに特性があるように、霊として現れるためにも特性が必要だと。死んですぐは、まだ意識が現世に残ろうとするため、漂う。その間に、強く呼ばれればそれと反応してわずかに姿を見せることもある。家族とは反応しやすいため、その気配が伝わりやすいのだという。

 それでも、時間が経てばそのうち消えていく。早い者で一ヶ月ほど。普通の人ならば、半年あたりが限界と言われている。

 それで納得したのか、男性は不機嫌ながらも責めることはやめ、帰って行った。少女はもう彼は来ないと思っていた。悪い印象しか与えていないはずだから。


 ところが、彼はまたやってきた。今度は死んでから一ヶ月経っていないから、交信できるだろうと。そしてそれは成功し、犯人の検挙につながった。

 それからも、しばしば彼はやってきた。そして、少女とのわだかまりもいつの間にか消えていった。

 少女が、彼はそんなに悪いやつではないと思い直したこともある。また、男性が高校生に見える少女が、実は自分よりも長くいることを知り、見下すような態度を改めたこともある。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る