霊介師

陽月

第1話

 人里離れた山奥に、ぽつりと一軒。多くの人はその存在を知らない。その一方で、それを知る人は世界中に存在している。

 その家に住んでいるのは、二人。

 一人は35歳前後と思われる均整な顔立ちの青年。身長は175cm程で、太っているわけでも、ガリガリというわけでもない。街中を歩いていれば、多くの人が目をとめるだろう。しかし、彼の醸しだすどこか人を拒絶する雰囲気が、見えない防壁となり人を近づけさせない。

 もう一人は、高校生くらいの少女だ。青年とは異なり、人懐っこい愛玩動物のような雰囲気を携えている。見かけは高校生でも、話してみれば中学生にも思えてくる。また、その人なつこさがより彼女を幼く見せる。


 二人で住むには大きい、どっしりと構えるその家に向かって、初老の男性が車を走らせていた。髪はふさふさとしているが、歳には勝てないのか白髪が多く混じり、灰色になっている。

 久しぶりにスーツを着込み、舗装されていない砂利道をひた走る。車のすれ違いはできない細い道、片側はガードレールもなく急斜面になっており、気を抜くことはできない。

 ようやく、目的地に着いたものの、彼の顔は曇っていた。ガレージに車がなく、尋ね人が留守であることを示していたからだ。

 いつ戻るかわからないため、待っていても仕方が無い。庭で方向転換をし、戻るしかなさそうだ。大きく溜息をついた彼だったが、家から出てきた人影を認めて、エンジンを止め、車を降りた。


 エンジン音が聞こえる。時計を確認すれば、午後3時前。簡単な仕事だとは言っていたが、早すぎる。

 留守を任された少女は、慌てて外に出た。客ならば、車がないのを留守だと判断して帰ってしまうだろうから。

 案の定、庭で方向転換をしていたのは、家の主人ではないものの、何度か見たことのある車だった。少女に気付いたのか、車を止め降りてきた男性に声をかける。

「刑事さん、お久しぶり」

 男性もまた、軽く右手を掲げ、挨拶を返す。

京子きょうこちゃん、お久しぶり。先生は?」

「今、ちょっと依頼で出かけてる。でも、そんなに掛からないって言っていたから、今日戻ってこれると思う。中で待ってる?」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 応えると、男性は少女より先に玄関へと歩き出す。少女はそれを小走りで追いかけ、抜かし、戸を開けて招き入れた。

「わざわざいいのに」

 ありがとうをそれに付け加えて、男性は中へと入った。入ってすぐの所は、土間になっている。がっしりとした樹の机が6つ。机にはそれぞれ、3人掛けの樹の椅子が2つずつ付属している。彼は、この部屋に入る度に、どこか図工室や技術室の様だと感じていた。

「お客さまには労働をさせちゃいけないって、先生から言われているから。適当に座って」

 自分も中に入り、戸を閉めながら半分事務的に伝える。


 一番手前にあった椅子に腰を掛けた男性の向かい側に、少女も腰を掛けた。一応、聞くべき事は聞いておこうと、話を切り出す。

「ねえ、刑事さん。あたしが先に話を聞いておこうか?」

 しかし、彼はかぶりを振った。

「いや。先生が帰ってこられるまで待っているよ」

 その答えを聞き、少女はあからさまにがっかりした様子を見せる。

「あーあ、刑事さんなら、あたしが優秀なアシスタントだって事、分かってくれてると思ったのに」

「もちろん分かっているさ。ただ、今回は先生と京子ちゃんと二人がいる時に聞いてもらいたくてな」

「そう……」

「それと、俺はもう刑事じゃないんだよ」

 確かに、以前は刑事という仕事をしていたが、一昨年定年退職をして以来、無職のおじさんである。

「そう言えば、定年になったんだっけ。この前会った時は刑事さんしてたのにね」

「あれはもう、5年も前の話だがな」

「いつの間にかそんなに経ってたんだ。でもまあ、呼び名なんてさ、誰に対して呼びかけているのかが分かればいいんだから、刑事さんでいいでしょ。それで慣れているし」

 男性が、それでいいよと頬笑んだので、そのままの呼び名になったのだが、それで会話が途切れてしまった。


 ただただ流れる沈黙を破ろうと、少女が声を掛けた。

「ねえ、コーヒーでも煎れてこようか?」

「いや、遠慮しておくよ」

 重くなっている雰囲気を和らげようと、ことさら明るく少女が切り返す。

「あっ、もしかして初めてここへ来た日のことを今でも引きずってる?」

「いや、そういうわけでは」

 のってこない男性に対し、少女は少しばかりいたずらを仕掛けることにした。

「あの時はね、刑事さんのこと本当に嫌なやつだと思ったよ。他人の家に上がり込んでるってのに、ヒトの言うこと聞かないしさ」

 それを聞き、少しばかり慌てる。

「あれは、若気の至りということで、勘弁してくれ。それを言うなら、京子ちゃんの印象だって最悪だったんだからな。目上の者に他する態度がなってないって。こんな風に話をする日が来るなんて思いもしなかったよ」

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