第7話『愚かな残りモノ達』

「丘を越ーえ、行こぉーよー。口笛、吹きつーつー!」

「冥王星でも聴いたことがあるメロディですね。それは、地球発祥の歌なんですか?」

「そうだよ! 歌の名前は忘れちゃったけど、小さい頃から大好きな歌なの。……あっ! ルーカス、今絶対『今でも十分小さい』って思ったでしょ?」

「いえ。エリーは立派な女の子だと思いますよ」

「ほら、"女の子"って言った!」


 エリーの明るい歌声が、砂漠を陽気な雰囲気へといざなう。

 ルーカスは普段の彼女らしい言動に微笑ましく思いながら、耳を傾けていた。

 あれから、食事と睡眠を兼ねた長い休憩を摂り、彼らは骨組みと屋根だけに等しい小屋の中で、二度目の朝日を浴びた。

 エリーは昨日の事など嘘のように、鼻歌混じりの童話を歌っては、ちょっとしたダンスなんかを、道中で披露したりしている。

 どうやら、今度こそ偽り無く立ち直れたらしい。

 一方、ルーカスの体内からは、時折短い電子音が、一定のテンポを保ちながら鳴り続けていた。


「レディ。目標のデパートまで、あとどのくらいですか?」

《残り1kmを先ほど切りました。このまま直進してください》

「わかりました。エリー、もう少し頑張れますか?」

「うん、大丈夫!」


 両手を宇宙船の翼のように広げながら、エリーは楽しそうにルーカスの先を歩いた。静かな砂漠に、三人の話し声とさくさくという砂を踏みしめる音がこだまする。


「デパートに着いたら、一度休憩を挟んでから探索を始めましょう」

「今度こそ食べられるといいね、テラモリバーガー!」

「そうですね。……あっ、大きな建物が見えてきましたね。もしかして、あれがそうでしょうか」


 白い砂のきりおおわれた、巨大なビルのようなシルエット。その近くには、観覧車と思しきシルエットも並んでそびえ立っている。それを見たエリーは目を輝かせて、ルーカスの隣で感嘆の声をあげた。


「凄い! ルーカス、観覧車だよ! 観覧車がある!」

「地図での大きさから察していましたが、大規模なデパートだったみたいですね」

「アレ、乗れるかな?」

「どうでしょうか。今まで見てきた建物から察するに、利用するのは少し厳しいと思いますが……」


 二人は更にデパートに近づく。観覧車の頂上が見上げないと確認できない位置まで近づいたところで、ようやく砂の霧が晴れてきた。

 しかし、デパートがシルエットからはっきりとしていくにつれて、今度は二人の表情が段々と雲っていった。


 デパートは、墨で塗りつぶされたように真っ黒な骨組みそのものだった。


「ボロボロ……だね」

「はい。今まで見かけたものよりも、桁違いに状態が酷いです。というよりも、これは──他の物とは違う理由でこうなったように見えますね」


 辛うじて形を成している外壁でさえ、まるでそう塗装されたかのように見えるほど真っ黒に炭で塗れていた。隣に立つ枯れ木のような観覧車も同じように黒く、周辺の白い砂漠との対比で、妙な禍々しさと存在感をかもし出していた。

 ルーカスは骨組みの表面を指でなぞる。骨組みの表面は、焼き魚の焦げた皮のように、呆気なくぼろぼろと剥がれ落ちた。


「やはりこれは、風化によるものではなく、火災跡のようです。もしもこれが惑星の廃退に関係しているとしたら、これもまた件の怪電波に影響されたロボットが引き起こした火災かもしれませんね」

「観覧車も、乗れそうにないね」

「はい。それに、休憩する場所も物資も、ここには何も無さそうです。残念ですが、ここは手早く探索を済ませて次に行きましょう」

「……うん。そうだね」


 エリーがしおれるように肩を落としていると、突然、彼女の数歩後方からシャッター音がした。エリーが振り返って見てみると、ルーカスがこちらに向けて目からパシパシとフラッシュを焚いて照射をしていた。何やら、撮影をしているようだった。それに気付いて振り返ったエリーは、両手の指を二本ずつ立てて、ルーカスの視界に露骨に入り込む。ルーカスは堪えきれずに、思わず噴き出すような笑い声をあげた。


「今のは、記録用にデパートの写真を撮っただけですよ。エリーの後ろ姿を撮っていたわけではありません」

「えー、もう一回撮らないの?」

「エリーの資料を作ってどうするのですか。ここは、今のでおしまいです」


 ルーカスは可笑しそうに笑いながら、撮れた写真を目の前の空中に投映して、写り具合を確認する。

 エリーは、わざとらしく頬を膨らませて、いじけてみせた。


「じゃあ、次に撮る時はピースするから、ちゃんと教えてね?」

「はいはい……ん?」


 ふと、ルーカスの写真をズームする手が止まる。エリーは首を傾げてルーカスの後ろから頭を乗り出し、拡大された写真をじっと見つめる。


「ルーカス、どうかしたの?」

「ああ、いえ……この、デパートが崩れてできた瓦礫がれきの山のてっぺんを見てください。何か変な物が見えませんか?」

「変な物? ……この、黒いペットボトルみたいなやつ?」

「はい、それです。これは、何でしょうか……?」


 それは、写真の右上を拡大表示した画像だった。かつてデパートの一部だった壁や床の瓦礫の山に紛れて、矢鱈やたらと大きな黒い筒のような物が突き刺さるようにして映り込んでいた。

 ルーカスは、神妙な面持ちで投映していた写真データのウィンドウを閉じ、エリーに「ちょっと、見に行ってきます」とだけ告げると、キャタピラを瓦礫の方へと進ませた。

 予想通り、エリーはルーカスの後に続いて歩き出した。

 それに気付いたルーカスは、くるりと彼女の方を振り返る。


「エリーは、そこで待っていてください。写真だけでは危険性が測り兼ねます。暴走したロボットの可能性も、十分にありますので」

「危ないのはルーカスも一緒じゃない。私も一緒に行く!」

「はい、僕も危ないです。なので、エリーは後ろで隠れていて、いざという時は僕を助けてくれますか? この前の警備ロボットの時のようなことがあるかもしれませんからね」

「……! うん、任せて!」


 エリーは、自身の胸を叩いて張り切ったような表情を作る。納得してくれたようだ。

 安堵あんどによるものか、ルーカスは小さく溜め息を吐いて、再び瓦礫の方へとキャタピラを転がし始めた。


「ブラザー・ルーカス、貴方もあのような言い方をする時があるのですね」


 レディが小さな声でそう尋ねると、ルーカスはスピーカーのある左側に目線を傾けて頷いた。


「エリーは、とても情が強い子です。しかしそれ故に、自身の危険を顧みようとしない時があります。なので、エリーの身の安全を考えると、アレは必要な言い訳でした。それに、別に嘘をついた訳ではありませんよ。今のは本心です」

《そうですね》


 レディが頷いてくれたようなので、ルーカスは前進を再開した。

 ……が、レディの「貴方も」という呟きに、早くもキャタピラを止めた。慣性が働いたルーカスの機体は、前のめりに傾くようにして停止する。


《貴方も、そうでした。エリーと同じように》

「……もしかして、あの時の事を根に持っているのですか?」

《いいえ。結果的に貴方はこうしてただ一人、オルカの隊員として生き延びることに成功しました。ブラザー・ルーカスの選択は私の選択よりも正しかったと、今は思っています》

「それは、結果論でしかありませんよ。僕はあの日、レディの指示を背き、偶然一人だけ生き延びてしまっただけに過ぎません。結局僕は、兄弟達を救うことが出来ませんでしたからね」


 ルーカスは瓦礫の山をキャタピラで踏みしめ、それをゆっくりと登り始めた。その目は、数歩先の足元をただ、じっと見つめている。


「もしもあの時、あの局面に立たされたのが僕じゃない他の兄弟だったとしたら──きっと、オルカは無事で済んだでしょう」

《それも、結果論ではありませんか?》

「いいえ、必然です。僕が他の兄弟よりも何枚も劣っているという事は、以前から自覚できていました。もしもあの場に、僕以外の兄弟がもう一人居たならば、僕は間違いなくその"もう一人"にあの時の判断を委ねていたことでしょう」

《……それは》

「意地の悪いことを言ってしまいましたね。この話はやめましょう。もう済んだ話ですし、僕はレディと言い争いなんてしたくありません」

《……そうですね。それは、私も同意です》


 キャタピラが瓦礫を磨り潰す音を鳴らし、二人の間に生まれた沈黙の場繋ぎを執り行う。

 いつの間にか二人は、目線の先に件の黒い物体を捉えられる所まで、瓦礫の山を登りつめていた。

 ルーカスは振り返り、何メートルも先でエリーが待っている事を確認すると、黒い物体の方に向き直った。


「それでは早速、接近して対象を調べましょう。物によっては写真に収めておく必要が出てくるかもしれません」


 ルーカスは、目の前で瓦礫の山に突き刺さった物体を手に取ろうとした。


 しかし、彼は触れるよりも早く、その手を止めた。


 目を見開き、反射的に半歩退がる。

 小さな声で「これは」と呟くが、その呟きは、頂上を吹き荒れる風に掻き消された。

 灰色の羽を背に付けたバッタが、足元を小さく跳ねて通り過ぎていたが、今はそれどころではない。


 ──砂を被った黒い六角形の筒には"Napalmナパーム bombボム"とだけ刻印されていた。


「"bomb"……間違いありません。これは、爆弾の燃料タンクにあたるパーツです」

《先ほど、対象と頂上周辺のスキャンを行いましたが、対象の筒の中に内容物は殆ど残っていないようです》

「レディ。この周辺をスキャンして、油類の成分は検出されましたか?」

《微量ですが、スキャンを行った半径2m以内に不規則に付着した油を検出しました。その他にも、焼夷弾しょういだんを構成する際に多く用いられる薬品を複数、同じような形で検出しました》

「ということは、この爆弾はこのデパート施設に落とされ、ここで炸裂したことになります。ですが、それはつまり……この町でかつて、戦争、乃至は紛争が起こった事を意味しています」


 ルーカスは黒い筒を何度か撮影した後で、瓦礫のいただきから廃退した惑星をぐるりと見渡す。白い砂の霧が遠方を遮ったこの景色では、戦争の爪痕は確認できそうにない。


「この惑星が廃退した背景には、ロクでもない事情が絡んでいそうですね。誰かしらの利己心、あとは、憎しみや、憎悪……。冥王星でも、このような事象が何度かありました」

《人間を、愚かだと思っているのですか》

「自分の親を愚かだと思う人間の子供もいるくらいです。我々ロボットが、生みの親である人間を愚かだと思うのは、何も道理を外れた事ではありません。ですが……ご安心ください。人間を愚かだとは、ハナから思っていませんよ」

《では……その感情は、何ですか》

「"この星が哀れだと思った"──ただ、それだけです。さあ、調査は終了です。エリーの所に戻りましょう」


 ルーカスは、瓦礫にたたずむ黒い筒を一瞥いちべつし、キャタピラを来た道へと進ませる。その時、頭部のランプがソナー音のような機械音を鳴らしながら信号機のように点滅し始めた。


「ん?」


 ルーカスは、聞き慣れない作動音に戸惑い立ち止まりかけたが、構わずキャタピラを前へと進ませることにした。


「レディ、それは何の音ですか?」

《信号の受信音です。ブラザー・ロボットが仲間内なかまうちで自身の現在位置を知らせる際に用いる周波数の電波を受け取りました》

「……え?」


 ルーカスは目を見開き、今度こそ立ち止まる。彼の思考は、レディの不意を突くような言葉に、追いつけていなかった。

 ルーカスは彼女に聞き直そうとするが、あまりの衝撃に二、三度どもってしまう。


「兄弟達が、まだ生きているのですか……!?」

《いいえ、この信号は他のブラザー・ロボットが近辺を通過した際に随時送られる仕様のものであり、リアルタイムで送信されたものではないため、必ずそうだとは言い切れません》

「つまり、墜落する直前に兄弟のうちの誰かが、この付近で信号を飛ばした可能性があるということですか?」

《そういう解釈で、よろしいかと》

「……わかりました。何にせよ、信号が送られた場所まで向かいましょう。兄弟達がまだ生きているのかどうかも、それではっきりするはずです」


 頂に吹く風が、ルーカスの背中を押す。

 真実を知る覚悟と共に踏みだされた力強い一歩が、瓦礫をぐしゃりと踏み鳴らした。

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