第3話『人間らしい二人』

「さて、それでは行きましょうか」

「うん……あっ! ルーカス、待って」


 エリーは、脱出艇から出ようとするルーカスを呼び止めると、何かを思い出したように、壁際のロッカーの方へと駆け出した。

 ルーカスは、エリーの言動を理解したらしく「ああ」と短く呟いた。


「ロッカーに非常食が残っているのですね?」

「えっと、それもあるけど……私が思い出したのは、こっち」


 エリーはロッカーの隣に掛けられたカーテンの奥へと潜り込むと、右手にゴーグルのような物を持って戻ってきた。

 ルーカスは、首をかしげる。


「それは、ゴーグル……ですか?」

「うんっ。目に物が入らないようにする眼鏡なんだよ!」


 エリーは砂のような色をしたゴーグルを装着すると、口角を上げてキメ顔をした。自信ありげな表情とは裏腹に、小さな顔に見合わない大きめのゴーグルを掛けたエリーを見て、ルーカスは思わず笑みを溢す。


防塵ぼうじんゴーグルですね。 外は常に砂塵が飛散ひさんしているので、屋外で行動する際には、眼球を保護する為に装着を推奨致します》

「なるほど……これは大きな収穫ですね。ここにまた戻れるかも定かではありません。水と食料も、持っていけるだけ持って行きましょうか」

「宇宙服とボンベもあるけど、要るかな?」

《以前おこなった調査により、この周辺は気圧・気体共に、人間に害の無い環境であることを確認しています。空気中に酸素が含有している惑星なので、酸素ボンベも必要ありません。食料と必要最低限の物だけ持って行くことを推奨します》

「うん、わかった。じゃあ、ちょっと待ってて!」


 エリーはカーテンの向こう側に手を伸ばして茶色のリュックを取り出すと、ロッカーの中の宇宙食や、水色の飲料水が入った半透明の容器をあるだけ詰め込んだ。


「予想はできていましたが、余裕があるとはとても言えませんね。当分の目的は、エリーの食料探しにしましょうか」

《食品感知スキャンを行いますか?》

「えっ!?」

「レディ、そんな事までできたのですか……!?」

《……いえ。冗談です》


 レディの返事に二人は目を丸くし、暫くの沈黙が訪れた。それから二人は、くすりと笑った。


「ふふっ、何それ」

《ブラザー・ルーカスがフレベス隊員にいつもしているジョークを参考に真似てみたのですが……お気に障りましたか?》

「いえ、初ジョークにしては上出来でしたよ。また思いついたら僕達に聞かせてください」


 ルーカスは笑いながらそう答えると、レディは嬉しいのか照れているのか……はたまた、その両方か。考え込むような間をとって


《……しばらくは、控えます。緊急事態ですので》


 もごもごと、小さな声でそう答えた。それを聞いて二人は、更に笑った。


「じゃあ、ルーカスもジョークが好きなの?」

「僕は、ブラザーロボットの中でも、コミュニケーションを取ることに特化した個体ですから。簡単なジョークなら、話せるようにプログラムされています」

「そうなんだ。ふふっ……」


 ルーカスの言葉を聞いた途端、エリーは可笑しそうに口に手を当ててクスクスと笑い始めた。それを見たルーカスは、首をかしげる。


「どうかしましたか?」

「ルーカス達って何だか、本当はロボットじゃないみたい」

「ははっ……それ、冥王星でもよく言われていましたね。僕は、それが作られた目的と言っても過言でないロボットですから、ロボット冥利に尽きます。さあ、準備も出来ましたし、そろそろ行きましょうか。 エリー、ゴーグルを装着してください。 扉を開けますよ」

「うんっ」


 ルーカスは扉の前に立ちハンドルに手を掛けると、両手で力強く回して解錠する。開かれた扉の先には、小一時間前まで彷徨さまよっていた白い砂漠が変わらずに広がっていた。

 エリーも、ルーカスの後に続いて砂漠に足を踏み入れた。


「わぁっ、砂が真っ白……! お砂糖みたい!」

「食べちゃ駄目ですよ?」

摂食せっしょくは、推奨致しません》

「わ、分かってるもん!」

「ふふっ、冗談ですよ。さて……レディ。早速、この辺りをスキャンしていただけますか?」

《生体反応スキャンでよろしいですか?》


 ルーカスはレディの問いかけに、顎に手を添える仕草で少し間を開けて答えた。


「……いえ、熱源感知でお願いします。先ほどとは違い日も沈んでいるので、夜間は稼働中の施設も探せる熱源感知の方が良いでしょう」

《かしこまりました。熱源感知スキャンを、半径500m範囲で行います》

「……? この星って、お日様の周りを回っているの?」


 エリーがそう尋ねると、ルーカスは身体ごとエリーの方に向きを変えて、こくりと頷いた。


「はい。この星は太陽を中心として回っている"惑星"のひとつであると、僕達は推測しています。しかしながら、詳細不明な惑星ですので、仮の名前として〈廃退した惑星〉と呼称することにしています」

「"はいたい"って?」

「元々存在していたと思われる物や設備が、そこら中で砂に埋もれているのを確認しました。なので"ボロボロになった"という意味合いを込めて、そう呼んでいます」

「ふーん……?」


 エリーはあまり理解していない様子で、どこか曖昧あいまいな相槌を打つ。

 その直後、ルーカスの頭部のランプが緑色に点滅した。レディからの合図だ。


《スキャンが完了しました》

「お疲れ様です。どうでしたか?」

《生存者と思しき熱源は、確認できませんでした》

「つまり、何か熱源を発する設備の方は見つかったのですね?」

《はい。 後方左寄りに約300m先に、熱源を確認しました》

「わかりました。それでは現場に向かいましょう。エリー、しばらく歩きますが足元は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

「では、行きましょうか。無駄足にならない事を祈りましょう」


 ルーカスは、エリーへの配慮なのか、キャタピラをゆっくりと走らせる。エリーは一度脱出艇の方を振り返って再び前を向き直ると、ルーカスの後ろに早足で続いた。


「ねえねえ。ルーカスは、何が見つかると思う?」

「熱源の場所で、ですか? そうですねえ……ハンバーガーショップだと、良いですね。久し振りにテラモリバーガーが食べたい気分です」

「ふふっ、ある訳ないよそんなの」

「さて、実際に行ってみないと分かりませんよ。レディは何があると思いますか?」

《そうですね……冥王星、でしょうか》


 レディは、いつもの温度の低そうな口調でそう答えた。ワンテンポ遅れて、ルーカスの隣でエリーが噴き出すように笑う。


「レディ……段々と、ジョークの魅力が分かってきましたね? その調子ですよ。エリーに関しては、変なツボにハマってしまっているみたいですし」

「ふふ、くふふふふっ……ふふっ」

「……それはもう、少し心配になるくらいに」

《目標地点まで、30mを切りました》


 突然、レディが元の淡々とした口調に戻る。

 ルーカスが前方を見上げると、そこには砂が積もってできた白い小山が聳え立っていた。


「まさか、この中ですか? また砂から引っ張り出すのは、大変ですね」

《いいえ、それはただの砂の堆積物です。目標地は、この砂山の反対側にあります》

「早く行こう、ルーカス!」

「走ると危ないですよ、エリー」


 ルーカスは一人砂山を駆け上がるエリーを追いかけた。月面での活動を想定して作られたルーカスのキャタピラは、急な砂山も難無く登り切る。


「エリー、救急キットを持ち合わせていない今、怪我をしたら治療ができません。極力走らないようにお願いします……エリー? どうしたんですか、急に立ち止まって」

「……ルーカス、凄い!」

「"凄い"? 一体何が……」


 ルーカスは、エリーの指差す先──砂山から見下ろせる熱源の発生地に視線を向けた。


 ルーカスは目を見張り、そして自身の目を疑った。


「そんな、まさか。あれは──ハンバーガーショップか?」


 何故この廃退した惑星に……いや。 廃退していようとも、廃退していなくとも、この際どちらでもいい。

 何故こんな無人の惑星に、飲食店なんてものがあるのだろうか。

 ルーカスはそのようなことを思案しながら、砂山を滑るように下り、ハンバーガーショップの入り口前に立つ。当然と言えば当然だが、目の前のハンバーガーショップは入り口の床まで砂が入り込んでおり、壁も風化同然に傷んでいた。

 そして、入り口前にはご丁寧に進入禁止と言わんばかりの黄色いバリケードテープまで張られていた。営業してはなさそうだ。

 しかし、ルーカスが気になったのはそれでは無く、別の所にあった。


「どういう事でしょうか。この店に書かれている文字は、冥王星でよく見かける文字にそっくりです。この惑星は、一体……」

《過去に冥王星の宇宙開発局が所有していた試験施設だった可能性が考えられます。彼らは昔から、実験段階の研究品の公開を嫌っていましたから》

「ああ、そういう話よくありましたね。冥王星の研究員達が利用していた施設がやがて使われなくなり、そのまま風化したという事ですか……確かに、その線も考えられますね」

「ルーカス、どうする?お店に入るの?」


 二人の小難しい会話に痺れを切らしたのか、エリーはルーカスに問いかけた。ルーカスは、砂にまみれたハンバーガーショップの看板を見上げて考え込む。


「……そうですね。さすがに食料は期待できませんが、熱源の正体が気になります。物資調達も兼ねて、探索を始めましょうか」


 ルーカスは、先導するようにエリーの前に出ると、ヘッドライトで仄暗ほのぐらい店内を照らす。


「さぁ、行きましょう」


 ルーカスは、店の入り口へと向けてキャタピラを転がした。

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