第2話『エレオノール』

《「……おっと、もう終わりの時間なのか? そりゃあねえぜ! ディレクター、放送時間の延長を──何? 次の放送枠が順番を待っているだと? それじゃあ仕方がないな。というわけで、今日の放送はここまでだ! お相手はスマイルなエンターテイナー、フリスクマンがお届けしたぜ! それではリスナー諸君、また会おう!!」》


 放送は、フリスクマンのまるでナイスガイをそのままケツアゴにしたような愉快な高笑いと共に幕を閉じる。そして、白い砂漠には再び静寂せいじゃくが舞い戻った。

 それを取り払うように、レディは短い電子音を二回鳴らした。


《生体反応スキャンを、再開しますか?》

「はい、お願いします」


 ルーカスの頭部のランプが緑色に三回またたく。


《生体反応をスキャン中……検出無し。再度、250m先でスキャンの再試行を行います》

「ここも駄目でしたか……おや? レディ。 あそこの建造物の辺りを、ズームで確認してもらえますか? それと、生体反応のスキャンを」

《かしこまりました》


 ルーカスが指差す先に見えたのは、傾いたタワー状の建造物だった。

 空気中を舞う砂粒が建造物を覆い、建物全体をシルエットのようにぼやけさせているが、厭にそれだけ存在感があった。

 ルーカスはその場に立ち止まり、レディの準備が終わるのを静かに待った。そして。


《人間に酷似こくじした生体反応を確認しました。建造物は、小型の宇宙船だと思われます》

「〈オルカ〉の船員かもしれません……! 急いで、救出に向かいましょう!」


 ルーカスは、巨大なシルエットの方へとキャタピラを転がした。キャタピラは、砂を後方に散らしながら加速する。


「段々と、砂塵が晴れてきましたね」

《生体反応は依然として、小型宇宙船の中から確認されています》

「これは期待できそうです」


 砂粒という暗幕を潜り抜け、待ち遠しいと言わんばかりに目の前に現れた宇宙船を見上げた。


「こ……これは」


 しかし彼は、思わずその場に立ち尽した。

 宇宙船は、船頭を大地に突き刺すような形で、砂原に埋没していた。

 つまり、正規の着地姿勢と逆さまだったのだ。


 レディは記録用に撮影しているのか、シャッター音を幾度か鳴らす。ルーカスはそれを横目に、宇宙船全体を軽く見回していた。

 宇宙船に目立った外傷や風化は見当たらず、ここ数日で着陸したものだとルーカスは推測した。

 加えて、重要で確実な情報がひとつ。


「この外観。宇宙船オルカでは、ありませんね。 それに、これは宇宙船ではなく脱出艇だっしゅつていだと推測できます。オルカに備え付けの脱出艇とは、形状も材質も全く異なります。この艇は、一体……? 取り敢えず、一周して搭乗口を探しましょう」

《当小型宇宙船からは、生体反応以外の熱源を感知できませんでした。電力を既に使い果たしているか、或いは故障して停電しているものと推測できます》

「わかりました。 では、手動で開く扉を探すことにします。 レディは引き続き、熱源感知をお願いします」

《了解しました》


 そうしてルーカスは、扉の在り処をくまなく探した。だが、結果を言うと扉は見つからず、ただ徒に時間を浪費する形となってしまった。

 これには流石にロボットのルーカスも、肩を落として項垂れた。


「困りましたね……どこにも扉が見当たりません。中に誰かが入っている以上、必ずどこかに扉がある筈なのですが」

《であれば、扉を見落としている可能性があります。再調査を推奨致します》

「まさか、そんなことは。かれこれ20分はこの小さな脱出艇を探索したのです。もう見えるところは全て確認し尽くして……ん?」


 ルーカスは、脱出艇を見る。しかし、見ているのは脱出艇それそのものでは無かった。彼の視線は、足元を向いていた。


「この脱出艇……もしや、砂に埋もれた天井部分に扉が付いているのでは?」

《地上に露出している部分から地中に埋没した脱出艇の形状を予測すると、この脱出艇の全景は円錐台状であることが推測できます。この脱出艇が正規の方法で着陸を試みた際に海面に降り立つ事を想定して設計されているならば、搭乗口は必然的に海面に顔を出す天井部分に設けられていると考えられます》

「という事は、つまり」

《天井部分に扉がある可能性が高いということです》

「なるほど。これは期待できそうです。しかし……」


 ここで、ルーカスは改めて脱出艇の埋没の具合を確認する。埋まっていない状態を見た事が無い彼にとっては憶測でしかないのだが、どうも脱出艇は、全体で見るとそれなりに深く埋没しているように思えた。


「これは、掘り起こすとなると骨が折れそうですね」

《ブラザー・ルーカスの腕部わんぶに内蔵している可動ワイヤは、およそ5tの重量に耐え得る性能を有しています。小型宇宙船のジェット部とワイヤを繋いで牽引し、埋没した箇所を地上に引っくり返すのは如何でしょうか。 砂地による多少の埋没であれば、その方法で小型宇宙船を横向きにすることが可能です》

「なるほど……要は、大きなかぶですね? 妙案ですね、やりましょう。蕪を引き抜いた経験はありませんが、きっとコツもすぐに掴める筈です」


 ルーカスはレディの提案に賛成し、ワイヤが付いた両腕を脱出艇のジェット部へと飛ばす。

 掃除機のコードのように際限無く伸びていく腕が、小さな脱出艇のジェット部に見事に絡み付いた。

 何周かしたところで両手が互いの腕をがっしりと掴む。これで牽引の準備は完了だ。傍から見れば、ルーカスの言う通りこれから大きな蕪でも抜こうかというような光景だった。ルーカスは、脱出艇から数歩後ろへと退がる。


「それでは、いきます」


 体内のエンジンが唸るような音を上げ、辺りの砂を巻き上げる。

 ルーカスは、キャタピラを勢いよく回して、脱出艇から背を向けるように全速力で発進した。

 砂上に垂れていた両腕のワイヤーは、ピンと真っ直ぐに張られ、軋んだ音を立てながら脱出艇をルーカスの走る方向へと引っ張った。

 脱出艇は引っ張られるままに傾き、やがて勢い良く横転した。

 巻き上げられた砂が、雨のようにルーカスに降り注いだ。


「よし。無事、蕪が抜けましたね」

《ブラザー・ルーカス。脱出艇天井部に、扉のハンドルと思しき突起物を確認しました》

「! わかりました、すぐに向かいましょう」


 レディに促されるまま脱出艇に駆け寄る。扉は、すぐに見つかった。扉は円形で、手回しのハンドルが設けられている。

 ふと、脱出艇が埋没していた場所に目をやると、脱出艇と繋がれたパラシュートが埋もれていることにルーカスは気が付いた。


「これは……この脱出艇に乗っている人間は、まだ生きているんですよね?」

《はい。生体反応に変化はありません》

「逆さまに墜落したにも関わらず、現状生きているとは。それに、機体自体の外傷も、考えられる惨状に見舞われたとは思えないほどに少ない。これは、相当な造船技術を注ぎ込まれた宇宙船の可能性が……いや。それは後ですね。考えるよりも、人命救助が先です」


 ルーカスは、扉のハンドルを握り、反時計回りに大きく回す。何周か回したところで扉から「ぷしゅー」という気の抜けるような音が鳴り、同時にハンドルから手応えが無くなった。力を込めると、扉は外向きに開け放たれた。


 脱出艇の中に明かりは無く、入り口から一寸先は闇そのものであった。

 ルーカスは、ヘッドライトを点けて船内を見渡す。船内は、六畳ほどの小さな部屋に、必要最低限の物だけが詰め込まれたような、至ってシンプルな構造だった。


 入り口から向かって正面には、一人分の大きな操縦席。更に操縦席を挟んだ先には、小さなモニターがふたつと、ボタンが複数設けられた操作盤があった。両脇には、壁に固定された机とロッカーが設置されている。

 モニターや操作盤のランプは、電力が通っていないせいか全て消灯している。船内が暗いのも、おそらく同じ理由だろう。


 しかし、肝心の生存者がどこにも見当たらない。

 ルーカスは、レディに問い質した。


「生体反応は、消えていないんですよね?」

《はい。熱源感知で船内をスキャンすることを推奨します》

「そうですね。では、スキャンを半径3m範囲で、お願いします」

《かしこまりました。熱源スキャンを開始します。……前方に熱源を感知。他の熱源は、確認できませんでした》

「前方? 前方にあるのは、操縦席とモニターだけですが……もしや」


 ルーカスは入り口をくぐり、モニターの前に立って操縦席の方を振り返った。

 彼は、息を飲んだ。


 操縦席に包まれるようにして、人間の少女が眠っていた。

 白桃のような白肌に、美しい金髪の少女だった。

 少女はベルトでしっかりと操縦席に固定されており、こちらに聞こえる程度の寝息を立てながらぐっすりと眠っていた。 ベルトで固定されていたお陰か、それとも他の何かが幸いしたのか。彼女には一切の外傷が見当たらなかった。衰弱している様子もない。

 それに安堵して溜め息をついたのも束の間、少女に近寄り顔を確認したルーカスは、今度は落胆したように深い溜め息を再びついた。


「……やはり、フレベスの隊員ではありませんね」

《フレベスに未成年の隊員は在籍していないように記憶していますが》

「一応です。それにしても……白い肌に、金色の髪。そして子供、ですか。結構人種が絞られてくる容姿ですね」

《冥王星から最近出航した宇宙船の乗客に該当者がいるか、確認します》

「お願いします……おや?」


 ルーカスは、ヘッドライトに反射している少女の首飾りが目に留まり、それを手に取った。

 メッキか、本物の金か。それは、全体が黄金色に輝いた、綺麗なペンダントだった。


 ペンダントには『Eleonore』の文字が刻まれている。


「エレオ、ノール……もしや、この子の名前でしょうか」

《検索の結果、該当者は見つかりませんでした》

「該当者は無し……まあ、なんとなく予想はできていましたけどね。とにかく、彼女を起こしましょう。本人から聞くのが一番手っ取り早いです」


 そう言ってルーカスは、少女を固定しているベルトを外した。


「エレオノール……エレオノール。 聞こえますか?」

「う、ん……?」

「エレオノール、おはようございます。健やかな朝ですよ」


 少女は起き上がり、瞼を擦りながら片手で大きく伸びをする。金色の長い髪が、はらりと彼女の膝元で揺れた。


「貴方は……ここは?」


「ここは、脱出艇の中です。貴方の生体反応を確認して、救助に参りました」

「脱出艇……?」


 少女は、ハッと眠たそうにしていた目を不意に見開くと、操縦席から飛ぶように立ち上がり、ルーカスが先ほど開けた出入り口の扉を、勢いよく閉め切った。扉の閉まる重量のある音が、船内に響き渡る。


 ルーカスが少女の不審な動きについて尋ねるよりも早く、少女はルーカスの顔を覗き込んで彼に尋ねた。


「貴方は、この星のロボットなの……?」

「いいえ。僕は、冥王星宇宙探検隊〈フレベス〉所属のロボット隊員、ブラザー・ルーカスです」

「ブラザー・ルーカス?」

「"ブラザー"はチームを表す言葉であって、僕の固有名ではありません。なので、ルーカスで構いません。宇宙航海中のトラブルにより我々の宇宙船がこの惑星へと墜落し、現在は単独で他の隊員を探しているところです。その時に偶然、貴方を見つけて救助に向かった次第です。貴方の名前は"エレオノール"でよろしいですか?」

「うん。皆からは"エリー"って呼ばれてる」


 エリー。それが彼女の愛称らしい。

 冥王星でも愛称という概念は存在するので、ルーカスが彼女の発言を理解する事に、一切の難は無かった。


「そうですか。では、エリー。貴方は何処の星から来たのですか?」

「地球、だよ」

「……地球?」

《おそらく、新地球の事だと思われます。太陽系第三惑星である旧地球を541年前に破棄した地球人がその後に渡り着いた惑星のことです》


 レディは、ルーカスが聞き慣れない惑星の名を聞いて目を丸くしたのと同時に、そう答えた。

 ルーカスは「なるほど」と呟き、感心する。


「レディは、他の惑星の事情にも詳しいのですね。流石です」

《冥王星に移住した地球人も多くいらっしゃるので、冥王星の事情とも言えます》

「ああ、なるほど。それでエリーは、冥王星の人間と容姿が相違ないのですね」

「あ、あの……!」


 本題から逸れていく二人の会話に、エリーは耐え兼ねるように横槍を入れた。

 ルーカスは、金属製の身体で怪訝な態度を表現したいのか、首を軽く傾けてみせた。


「どうかしましたか、エリー?」

「えと、その……そうだ。レディ? さんって、どこにいるの?」

「ああ、彼女は……」

《私は、ブラザーロボットのオペレーションシステム"レディ"です。マザーコンピュータは冥王星基地に存在しておりますが、ブラザーロボット個々にコピーのコンピュータが組み込まれているので、僕自身はルーカスを構成している一部として捉えていただいて構いません》

「えっと……つまり?」

「彼女は、僕の身体の中に居るということです」


 エリーは、ルーカスの要約に合点がいったように「なるほど」と呟いた。レディの正確で詳細な説明は、エリーには少し難しかったようだ。


《オペレーターであるはずが、ブラザー・ルーカスに手間を取らせてしまいました。申し訳ありません》

「いいえ。誰にでも苦手な事くらいありますし、普段からやらない事は、できなくて当然です。子供向けの簡単な説明も、少しずつ慣れていきましょう。……エリー、貴方はこれからどうしますか? 貴方の乗っていた宇宙船を探しに行って、他の地球人と合流しますか? それとも、ここで運航可能な宇宙船を探して、直接新地球まで帰還しますか?」

「どっちも、できない」


 エリーは、目を伏せるように俯いた。長い髪が、青い瞳に濃い影を落とす。


「……どういう事ですか?」

「多分、私の乗って来た宇宙船はもう……どこかに落ちてる、ような気がするから。それに、地球には戻れないの。私達は、皆で違う星にお引越ししてる途中だったから、地球に戻ってももう……多分、誰もいないの」


 エリーはそう言って、両目の目尻に涙を貯める。エリーが両目の雫と共に感情を溢れさせんと肩を震わせていると、彼女の目の前に銀色の掌が差し出された。

 それは、ルーカスのものだった。


「……わかりました。それでは僕達と一緒に、一度冥王星まで帰りましょう」

「えっ?」

「安心してください。冥王星にはエリーと同じ元地球人の方もたくさん居ます。新地球の人々がどこの星へ引っ越していったのかもおそらく調べられるでしょう。それに……ずっとここに残るわけにもいきませんから。どうでしょうか?」

「……うん、わかった」


 エリーは、曇らせていた表情を明るくして、何度も頷いた。

 ルーカスは、柔らかく微笑みかける。


「さあ、行きましょうか」


 エリーは、ルーカスの冷えた手を取り、操縦席から静かに立ち上がった。

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