第一幕『ふたりぼっちと砂の星』

第1話『廃退した惑星にて』

《生体反応をスキャン中……検出無し。再度、スキャンの再試行を行いますか?》

「はい。お願いします」

《連続で生体反応のスキャンを実行する場合、省エネモードへの移行を推奨すいしょうします。省エネモードに切り替えますか?》

「切り替えると、スキャンの性能はどのように制限されますか?」

《"前方180°500m範囲"で実行中のスキャンに制限がかかり、100m範囲まで縮小化されます》

「では、移行はやめておきます。 このまま、生体反応スキャンを250m間隔で実行してください」

《かしこまりました》


 ──そこには、白い砂漠のような光景が広がっていた。

 どこからとなく吹きつける冷たい風は砂塵さじんを巻き上げ、埋もれていた白い岩肌を地表にさらした。


 辺りは見渡す限り、白い砂の海だった。

 所々に、風化した何かの骨組みだったものが砂上から顔を覗かせてはいるものの、それを除けば、そこはだだっ広い砂地でしかなかった。


《生体反応をスキャン中……検出無し。再度、250m先でスキャンの再試行を行います》


 風に舞う砂の音だけが存在していた砂地に、片言かたことのアナウンスと、申し訳程度の電子音がこだまする。それから少し遅れて、砂を踏みならすザリザリという騒音が辺りに響いた。


 これらの音の正体が、砂の山と砂の山とを縫うようにして、ゆっくりと砂原に姿を現す。

 それは、キャタピラの足に紙カップのような逆円錐台形の身体を持った、小さな機械生命体オートマタ……もう少し砕いた単語で表すならば、それはロボットだった。


 ロボットは、車輪から金属の擦れる小気味の良い音を鳴らしながら、砂原を先へ先へと進んでいく。

 しばらく進んだところで、ロボットの頭部に付いた小さなランプが、緑色に三回点滅した。


《生体反応をスキャン中……検出無し。 再度、250m先でスキャンの再試行を行います》


 ロボットはどこからか、砂原にもよく通る、女性らしい声でそう言った。その直後、ロボットはキャタピラの動きを止めて辺りを見渡し、再び呟いた。


「ふむ。中々、見つかりませんね。 この辺りに落下しているとは思うのですが」


 次に彼が発した声は、どこか知性を感じる、青年のような声だった。どうやら先ほどの女声と会話をしているらしい。

 こちらもまた、少し片言のような話し方で、音質も悪く肉声でない事は確かだった。


 彼はいわゆる"人工知能"を備え付けられたものだと推測される。


 彼の発言に反応して、再び頭部のランプが緑色に三回点滅した。


《ブラザー・ルーカス。貴方の思考はオペレーションシステムと常時共有されているので、発言の必要性はありません。バッテリーの余分な消費に繋がりますので、発言を控える事を推奨致します》

「忠告ありがとうございます、レディ。ですが、人工知能の僕には創造主である人間と同じように"感情"が機能しています。このような砂地で一人歩き続けるのは、少し堪えるものがありますので……そうだ。次のスキャンまで、少し話をしませんか、レディ」

《バッテリーの無駄な消費は、機体の行動停止に繋がります》

「無駄な消費を、させてください。今ここで無駄話をするのは、僕にとって無駄ではありません。大丈夫ですよ、太陽光が届くこの惑星であれば、太陽光電池による発電も最悪可能ですから」

《……かしこまりました。では、バッテリーの消費が微量な冥王衛星ラジオの聴取を推奨致しますが、如何なさいますか?》

「冥王衛星ラジオの電波がここまで届く可能性は否定します。あれは、冥王星での使用を想定して作られたものですから」

《事前に録音しておいた放送が、ございます》


 ルーカスは、丸くならない目を丸くして驚き、また、彼女にえらく感心した。


「……レディ。君は、僕よりデキるロボットだといつも思います」

《いいえ、そのような事は決して。オペレーションシステムとして、当然の配慮です。それでは、ラジオを起動致します》


 レディがそう言うと、ルーカスの身体からラジオ独特のノイズ音が喧しく鳴り出した。

 鳴り出した音をふと疑問に感じ、ルーカスはレディに尋ねた。


「録音、じゃなかったんですか? 何故チャンネルを切り替えているのですか?」

《実際にラジオを聴いているかのように感じていただくための、演出を致しました。ご不要でしたら、今すぐ音声ファイルの再生に取り掛かります》

「なるほど……大丈夫です。演出もこのままで、操作の続行をお願いします」

《かしこまりました》


 レディは、少し嬉しそうに了解した。そんな気がした。

 二人が会話を終えると、間も無く先ほどのノイズ音が再び再生された。


 時折聞こえる、カチリカチリというダイヤルを捻る音も、ラジオらしさを再現するための演出なのだろうか。

 そんな風に、ルーカスが彼女のこだわりを憶測していると、ノイズに紛れて軽快なジングルが流れだした。


《「今週もこの時間がやって来たぞ!『教えて!フリスクマン』」》

「あっ、始まりましたね。フリスクマンのラジオですか」


 ジングルに呼び出されるように、陽気な男がタイトルコールを告げる。

 始まったのは、冥王星の世界的エンターテイナーロボット"フリスクマン"こと"スマイリー・フリスク"が隔週で放送しているラジオ番組だった。


 フリスクマンは、数年前に新人スター発掘番組に出演して一躍有名となった、全ロボット達の憧れの的のような存在だ。

 片方だけで頭二つ分もある、スーパーマンのような肩幅。

 誰もが振り返るナイスガイな顔立ちに、スーパーマンのようなケツアゴ。

 そして──どこまでも寛大な、スーパーマンのような心。


 彼の個性的な人柄と溢れ出るヒーロー気質は、見る者聞く者全てを釘付けにした。

 以前、番組中に現れたゴキブリに彼が飛び上がってしまったエピソードは、ちょっとしたご愛嬌だ。


《「この放送は、愛と正義とリスナーだけが友達のエンターテイナー"フリスクマン"がお送りする、お悩み解決ラジオだ! さて。今週もさっそく、皆から届いたお悩みをビシビシッと解決していくぞ!」》


 ルーカスは、ラジオに耳を傾けたまま、キャタピラを進ませる。キャタピラは、がらがらと音を立てて、小石を踏みつけながら、前へ前へと進んでいく。


《「では、最初のお便りは……ペンネーム"マッシュルーム少年"からのお便りだ。マッシュルーム少年、お便りありがとう! どれどれ……」》


 フリスクマンは、マッシュルーム少年のお便りを、一行一行丁寧に読み上げていく。


 お便りの内容は、掻い摘んで説明するとこうだ。

『妻のキノコ料理を美味しく食べれるようになるために、キノコ嫌いを治したい』。


 キノコどころか、人間の食べ物を何も食べた事がないルーカスには、共感すらできそうにないお便りだった。 同じロボットであるフリスクマンも勿論、食べたことなど一度もないだろう。

 彼は一通りお便りを読み終えると、考える仕草を伝えるためか、小さくうなってみせた。


《「なるほど。つまり、マッシュルーム少年は、苦手なキノコを克服できる方法を知りたいんだな? そうだな……食感が苦手ということなら、揚げ物からチャレンジしてみるのもひとつの手だと思うぞ! キノコ嫌いと言えば、私の生みの親であるフラスコ博士も……」》


 だが、流石はフリスクマン。 彼は、ロボットなら知り得ないような事だとしても、的確なアドバイスをあげてみせる。

 これもロボット達の憧れの的たる所以だ。


 キャタピラに絡む砂粒が、削るような騒音を立てて機械的なリズムを刻む。 地平線の向こうから、灯台のように輝く陽光が彼らを照らした。


《「……さて、こんなところかな? マッシュルーム少年、頑張ってマッシュルーム大好き少年になるんだぞ! さて、次のお便りいってみよう! 次のお便りは、ペンネーム"恋するプリムラ"からのお便りだ! なになに……?


『フリスクマン、こんにちは。ラジオ、いつも楽しく聴いています。突然ですが、私には同じ職場に好きな男性がいます。何とかこの気持ちを彼に伝えたいのですが、不器用な私にはどうすればいいのか分かりません。何か良いアプローチの方法はありませんか?』。


 なるほどなるほど、何とも甘酸っぱいお便りだ! だが、そうだな。同じ職場にいるのなら、休憩中の彼にコーヒーを淹れて渡してみるのなんてどうだい? それでそのまま、ちゃっかり隣の席に座って彼と話せば、自然に一歩近づけると思うぞ! 進展したら、是非またお便りを送ってくれ! 頑張れ、プリムラ!」》


「ははっ……たまに商売上手ですよね、フリスクマン」


《「……それではここで、今日の一曲をお届けしよう! 淡い恋のバラードを貴方に。"ミシロ・B・テイラー"で『君は月の雫』。どうぞ!」》


 ラジオのテーマ曲と入れ替わるようにフェードインする話題のヒットソング。ルーカスは、鼻歌を奏でながら砂漠の横断を続けた。


 美しくも虚無感を孕んだ白い砂漠は、どこまでも広がっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る