第5話 ルサンチマン
飽きてしまった自分自身から、どう逃げればよいのか、
それを考え始めてから3日が過ぎた。
3日間ろくに食べていない。
ネットもテレビも使っていない。
コンセントを抜いたままだ。
床に寝ころびながら、背伸びしているように見えるそのコンセントが、なぜか哀れに思えた。
機能が形を生むというが、その機能は人間の意思次第で必要とも不要ともされる。
役目を奪われ、ただの物でしかなくなったコンセントを見るとそう思った。
同時に、今の自分が重なる。
僕にはどんな機能があるのだろう。
今は派遣会社で一日限りの仕事を何とかこなせるだけの機能しか発揮できないでいる。
意思を示せば僕にも機能が芽生え、何かに向かって行けるのか。
そもそも意思ってなんだろう。
意思が何なのか、それを感じ取れないという事は僕にはそれがないのかも知れない。
その後もしばらくの間考え続けてみたものの、この時期の僕では答えまでは辿り着けなかった。
考えるだけ無駄なのかも知れない。
自分に飽きた。
どうすればよいか。
これから何をする。
意思や機能だというものより、もっと切羽詰まった課題があった。
働いて自立した生活をする必要があった。
それは頭ではわかっている。
だけど動き出すためのエネルギーが不足していた。
孤立もしている。
考えると行き詰まり、行き詰まると不安に襲われ、しだいにイラついてくる。
この繰り返しだった。
イラつきは常態化しつつ、強い怒りに変わっていった。
怒りを感じたまま、これまでの事を思い返してみる。
すると実に腹の立つ事が多かったことに気付いた。
その時には何も感じなかったものの、思い返してみれば実に無礼な扱いを受けていたり、
いわれのない非難を受けていたり、怒ってもよかったような事例が沢山あったことに気づかされた。
あいつはあの時に殴っておけばよかった。
馬鹿にされた時に言い返せばよかった。
腹の立つ過去が次々に思いだされてきた。
怒りは動機になるのではないか。
見返すというのも意思の一つかも知れない。
今から大学へ行き、あいつとあいつに文句を言ってやろうか。
考えあぐねていると、やがてその怒りにまかせ、復讐するシーンを空想するようになっていた。
これには驚いた。
とても気持ちがいい。
面白い。
嫌いな相手を公衆の面前で罵倒するシーンの空想は快感だった。
胸倉を掴んで殴りつける場面には興奮した。
この空想は病みつきになった。
僕は怒りたかったのだ。
自分でも気づかない内、不満と敵意が蓄積され、爆発寸前だったのに、その怒りに気づけないでいた。
僕の逃げ癖はその怒りを現出させることを恐れた自身による、無意識的な回避行動だったのかも知れない。
大きな発見だった。
怒りたい。
やり返したい。
この空想を現実化させる術はないものだろうか。
怒りの矛先が欲しい。
もうこうなると対象は何でもよかった。
僕はこの時から、ただ自分の不満や怒りといった感情をぶつける相手を求め始める。
理由や方法は何でもよかった。
相手も誰でもいいとさえ思い始めていた。
しかし、復讐心さえ満たせられれば、いつ、どこで、だれに対して行われようとも構わないというこの歪んだ動機は、
暴力的な部分を除けば、テロリストと変わらないのものだ。
これは危険な傾向だった。
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