第3話 何をやっても続かない時期②

最初に就職したのは実家から自転車で15分ほどの場所にある部品工場だった。

社長、その奥さん、営業担当の長男、そして従業員が12名の小さな会社だった。

面接の時、3か月間は試用期間としてアルバイト扱いだと告げられたが、

続くかどうかかも分からない僕にとっても都合がよかった。


初日の朝礼の時、いきなり自己紹介するようにといわれ、

あたふたしながらも何とか名乗り、「よろしくお願いします」と付け加えた。

人前で話すという経験がなかったので顔が赤らんだのを思えている。

後に、街頭でマイクを握り、暴言を吐きながら大声で演説する事になるのだが、

この時の恥ずかしがり屋な僕からは想像できない姿だろう。


仕事内容はきつかった。

梱包作業に回されたのだが、ベテラン従業員とたった二人で、日に数万の部品を注文に応じて、

予め顧客企業に指定された通りの箱に詰めていく。

詰め終わった箱はパレットに3段15個から4段24個を乗せ、伝票を張り付けて順に出荷していく。

一つの顧客企業に数種類の箱があり、さらに一種類に対して箱の大きさも4~7種類ある。

また商品一つ一つを紙や緩衝材で巻いてから箱詰めする。

巻き方が悪ければ指定されている数が箱に入らなくなるのでやり直しだ。


作業そのものは単純なものなのだが、流れてくるコンベアの速さに合わせなければならず、

ちょっと遅れれば梱包台に商品が山積みになり、最悪はラインを止めなければならない。

ラインを止めれば工場長の雷が落ちる。

時間との戦いだった。

12時から45分間の昼休憩の他にも、10時と15時に10分間の休憩があるのだが、

間に合わなかったものを箱詰めしたり、やり直したものを出荷したりと、

梱包担当にはゆっくり休んでいる余裕はなかった。

3日目に嫌気がさしてきて、ここからどう逃げ出そうかと考え始めていた。


昼の休憩の時、従業員たちはTVでニュースを見ながら解説しだす。

政治的なものが多かった。

福田内閣の時期だ。

ここが悪いあれがダメだ、こうすればいいのにと、家庭の問題も解決できないおっちゃん達が語りだすのだ。


僕は政治の話をする彼らを内心馬鹿にしていた。

零細工場で働く肉体郎等者が政治を語って何になるのか、ただの愚痴にしか聞こえなかったし、

話す内容も新聞やテレビで評論家が言ってたものを受け売りしているだけだったから、

余計に馬鹿らしく思えた。


1週間もすると、僕は昼食をコンビニで済まし、時間がくるまで外で過ごすようになっていた。

毎日休憩所で行われる政治談議に耐えられなかったからだ。


元々人付き合いがよくない僕は雑談が苦手だった事もある。

コミュニケーションが下手なのもあるけど、目的の会話にどうついていけばいいのかわからなかった。

自分から話すことが何もない。

言葉が出てこないのだ。

何も思い浮かばず、ひきつったような笑みを作りながらただ相槌を打つ以外に、

その場の空気に馴染む手だてがない。

そんな自分に嫌悪感を感じるようになる。


何よりも我慢がならないのが、毎日同じ場所で、同じ面子と顔を合わせなければならない事だ。

もしかしたら大学を辞めた一番の理由もこれだったかも知れない。

さらには友達関係が続かない理由もそうかも知れない。

僕はたぶん、人間に飽きるのだ。


関わる相手に飽きる。

一度飽きると興味がない。

興味がないので関わるのが面倒になる。

それが仕事上の関わりであれ、大学の学友であれ、飽きたしまった相手と一緒に過ごさなければならないその時間が無駄に思えて嫌になるのだ。


働き始めて10日目、僕はこの会社を辞めた。

10日で飽きる僕が悪い。

飽きられる相手に罪はない。

だけど、この人間飽き症は一度発症すれば元には戻せない難病だ。

それに、中途半端な時期に辞めるよりも、早い方がお互いのためでもあるとも判断した。

アルバイトの間ならまだ許されるはずだ。


部品工場を辞めてから次の仕事を探すにあたり、自分なりに考えてみた。

飽きないような面白い人間ばかりいる吉本興業のような会社はないものだろうか、と。

いっその事、芸能事務所のマネージャーの見習いにでもなろうか。

そんな考えもよぎった。

だけど人付き合いの下手な自分に合う仕事ではないはずだと諦めることにした。

諦めると楽になる。

悩まなくていい。


とりあえず週に数日間は派遣会社で働いて日銭を稼ごうと思った。

働きながらでも就活はできるはずだ。

派遣会社へ面接を申し込んで予約を入れた。

翌日の夕方、その派遣会社の事務所へ行く途中で、デモ隊に遭遇した。

うるさい連中だ。

街中で叫んで何が変えられるというんだ。

それ、趣味だろ。

そんな印象しかなかった。


マニュアル通りの説明を受け、書類に記入すると、登録は完了した。

事務的で簡潔な面接だったのが、僕には好印象だった。

説明によると、派遣には2種類あって、特定の企業へレギュラー勤務するものと、

スポットといわれる一日単位の仕事で毎日違う企業へ派遣されるものがあるという。

僕はスポットでの勤務を希望した。

一日だけの人間関係なら楽だと思ったし、嫌な仕事も我慢が出来る。

それにまさかたった一日で人間に飽きてしまうよう事もないだろうと考えての事だった。


面接を終えて最寄りの駅へ向かっていると、上りや垂れ幕、拡声器を抱えた一団を見かけた。

先ほどのデモ隊の連中だろうか。

興奮冷めやらぬといったところか、少しテンションが高めで話し声も大きい。

ストレス発散。

趣味。

そんな印象しか持てない。

もしくは何でもいいから目立ちたいという人種。

人の注目を浴びることに快感を覚えるタイプで、恥ずかしがり屋で人目を避ける僕とは真逆の人たち。

平日の夕方にデモへ参加できる身分とはどういうものなのか、面接を終えたばかりの僕にはまったく理解しがたかった。


しかし数年後、僕はこの人たちと同じ身分になる。

いや、それ以上の立場といっていい。

専従として、報酬をもらいながら活動する、いわゆるプロ市民になるのだから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る