第2話 ご主人様vs家出娘!?
「だーめーだ」
ソファーの真ん中に腰を据え、煙草を
「どうしてですか?」
「駄目だと言ったら駄目だ」
「理由は?」
「何が合意書だ。こんなの認められる訳ないだろ」
「いいえ、これはもう決定事項です!」
ついさっきまでの平穏な空気は何処へやら、お嬢さんを部屋の中へ招いてからというもの、その雰囲気がガラリと変わってしまったという事実だけはオイラにも理解出来る。
せやけど、ただ黙って事の成り行きを見守るしか出来へんオイラの気持ちなんて、誰も分かってくれへんねんな。これでも複雑やねんで。
『ゴウイショ、って何やねん』
♪
──ほんの数分前。
リクルートスーツに身を固めた一人のお嬢さんが、大きなスーツケースを抱えてやってきた。
そして、髪型スッキリ髭サッパリ、仕事モードのスーツに着替えたご主人様に対して、一通の封筒を手渡した──までは良かったんやけど。
「これは?」
「見てくだされば分かります」
お嬢さんが、相変わらず満面の笑みで答えれば、ご主人様は微かに眉を寄せながら手紙を開く。
「……」
「……」
その数秒後、ご主人様の表情がみるみるうちに険しくなり、キリッとお嬢さんを睨みつけた。
「だーめーだ」
──で、今に至るわけなんやけど。
まさか、このお嬢さん、ホンマに家を出てきたんとちゃうやろな。ほいで、ここに置いてくれとか……それはそれで、オイラとしては大歓迎やけども。いや、ご主人様には言われへんけども。
「何が駄目なんですか?」
「その荷物は、一体どういうつもりで持ってきたんだ」
ご主人様は、もはや怒りを通り越して呆れたようなご様子。
『おいおい、ホンマに家出か!?』
オイラが首を傾げると、お嬢さんがキリッと視線を向けてきたもんやから、咄嗟に毛を逆立てて身構えた。
『……ニャに!?』
と警戒するオイラ。
「おい、猫に話したって無駄だぞ」
ご主人様がお嬢さんを宥めようとするも、お嬢さんはお構いなしにオイラを見つめる。
「いいえ。このニャンコちゃんなら分かってくれるはず」
「だから、俺の話を聞いているのか?」
呆れたように溜め息をつくご主人様を尻目に、お嬢さんはオイラのいる出窓へ歩み寄ってくるなり、満面の笑みでこう言った。
「私の直感が正しければ、話せば分かるニャンコちゃんのような気がするんだよね~」
ド、ドキッ!
ま、まさか……。
そんなオイラの気持ちをよそに、お嬢さんの笑みは相変わらず満面そのものだ。
「ねえ、私を家出娘と思ってない?」
『……にゃっ!?』
オイラは首を縦に振りかけて、間一髪のところで止める。
それは、確かにオイラがさっきから思ってることやけど……まさか。
『お、思ってる、かも』
とりあえず、心の中で答えてみたり。
「やっぱり思ってたんだ!」
『オーマイガーッ! これこそ、テレパシー以外のナニモンでもないやろ』
オイラは、早くも心ここにあらず。
このお嬢さん、分かってる、ヤバい。
「おいおい、さっきから俺を無視して、何を独りで喋ってるんだ」
この現実を、ご主人様にどう伝えるべきか……オイラはもう、それどころやない。
二人して、いや、一人と一匹は、もはやご主人様を完全に無視しとる。
「ニャンコちゃん。私はね、あなたの飼い主様の未来の奥っ……んんっ!!」
「お、おいっ、無駄な抵抗はよせ!」
ご主人様は弾かれたように立ち上がり、何やら言いかけたお嬢さんの口を、大きな掌で塞いでしまった。
『ガッデム!!』(何故止める!!)
無駄な抵抗やと言うてるわりに、何故か珍しく取り乱している、我がご主人様である。
と、その拍子に、例の手紙がヒラリと床に落ちた──が、目にも止まらぬ早業で、その手紙を拾うご主人様だ。
「あっ……惜しいっ」
「惜しくない。チャトラ、まさか読んでないだろうな?」
『何でやねん』
てゆうか、言葉は理解出来ても、さすがに文字までは読まれへんし。
オイラは、そう答える代わりに出窓のスペースを器用に一回りすると、そのまんま体を丸くして座り、毛づくろいをし始める。
「読める訳ないニャン、って態度じゃないですか?」
お嬢さんは、オイラの気持ちを代弁してくれた。
「だといいがな……ほら、用が済んだなら、さっさと家に帰れ」
すると、ご主人様はお嬢さんの背中を押して、追い出そうとする。
「ええっ? ち、ちょっと待ってよ、話はまだ終わってな……」
「俺は、これから仕事なんだ。帰ってくれ」
「いーやーでーすぅー」
理由はどうあれ、嫌がるお嬢さんを強引に追い出そうとするご主人様に見かねたオイラは、再び出窓から降り立ち、すがるように見上げながら「ミャオ」と鳴いた。
「甘いぞ、チャトラ」
『せやけど……さすがに可哀想すぎとちゃいますか?』(感情を込めて見つめる)
「……ニャンコちゃん……」
そして。
「……ったく。今日はチャトラに免じて、一晩だけだぞ」
これで、ひとまずお嬢さんは追い出されずに済んだみたい。
「ニャンコちゃん、ありがと!」
お嬢さんはオイラを抱き上げて、頬擦りした。
『くすぐったいにゃあ~♪』
久々の心地よさに、オイラはお嬢さんに全てを委ねたのは言うまでもない。
♪
「 合意書
私、東條商事株式会社CEO
記
当家次男、
但し、この合意書は、ご息女が成人を迎えた後に、その効力を発揮するものとする。
以上」
チャトラの恩返し!? ほづみゆうき @hozumin
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