チャトラの恩返し!?

ほづみゆうき

第1話 オイラの居場所

『くわわあぁぁぁ~~……』


 ポカポカ陽気の昼下がり。


 オイラは、大きな欠伸をひとつ。

 お気に入りの出窓で寝そべっている。


 ふと部屋の中を見渡せば、二人掛けのソファーを陣取るようにして、ご主人様がそりゃあ気持ちよさげに眠っていた。


 まったく、呑気なご主人様や……。


 やれ私立探偵だの便利屋だのと、過去に何や訳の分からん事やってたけど、今や寺でもないくせに「六畳一間の駆け込み寺」とか言うて、世の中の悩める人達の愚痴を聞くっちゅう、さらに訳の分からん仕事をやっている。

 ま、何故かそれがウケて、毎日誰かは訪ねてくる……平和な空間やで、ここだけは。


 とまあ、前置きはこれくらいにして。


 ここで、ちょいとオイラの話。

 オイラは、茶トラ猫の「チャトラ」。

 見た目そのまんまの名前やから分かりやすいやろ?

 名付け親は、もちろんそこで爆睡中のご主人様。数年前のとある真夜中、路頭に迷っていたオイラを、何の躊躇いもなくここまで連れ帰ってくれた心優しいお方。

 いつかは恩返しがしたいと思てんねんけど、これがなかなか難しい。何と言うても、言葉が通じへん。

 正直、人様ひとさまの言うてる言葉はよう分かるんやけども、人様には鳴き声でしか伝わらへん……難儀なこっちゃ。


 誰でもええから、この切なる願いを伝えてくれる人(出来れば若いお嬢さん)、おらんかなぁ……そんな叶わぬ想いを胸に抱きつつ、オイラはウーンと伸びをする。


『腹減ったな。カリカリでも食うか』


 出窓からドスンと床に降り立つと、この六畳一間の片隅にある銀色のトレイへと向かう。

 何と言うても、ビーフ味小魚のせのカリカリが、オイラを待ってるんやからな、フッ。


         ♪


 ──そろそろお日さんも沈みかけた頃。


「……はぁ……腹減った」


 ちょいと前のオイラと同じように呟くご主人様の声がして、オイラは耳をピンと立てた。

 起床の第一声が、いつもコレ。

 ま、今さらどない言うたかて直るもんやなし、喋られへんオイラには所詮、無理な話。


「おぅ、チャトラ。飯食ったか」


 ご主人様は、出窓でくつろぐオイラにそう言いながら、ゆっくりと身体を起こす。


「ニャオ」


 残さず食ったぜ、という意味を込めて鳴く。


「そっかそっか、どれどれ……」


 ご主人様はソファーから立ち上がると、オイラの食卓、空になっている銀のトレイをチラリと確認。

 寝起きでボサボサになった髪を気にする風もなく、伸びかけの無精髭を指で撫でながら、白のTシャツに黒のジャージ姿で気だるそうに歩く。

 それなりに着飾れば、長身でなかなかのイケメンやのに……ホンマ、勿体無い。


「おおー、エライエライ」


 そんなオイラの嘆きをよそに、ご主人様は笑みを浮かべながら出窓まで来るなり、大きな掌で頭を撫でてくれる。


「うにゃあ」


 あまりの心地よさに、オイラ完全ノックアウト。この絶妙な力加減、誰にも真似は出来んやろな。


「さて、と。ボチボチ着替えるか」


 ご主人様は、ひとしきりオイラを撫でたあと、ようやく行動を開始する。

 仕事柄、人が訪ねてくるのは夕方以降。今日も一日頑張って働いた後のサラリーマンやOLのお姉ちゃん達等々の相手するのがご主人様の仕事やからな。決して楽とは言えんし、儲けもクソもない。


 ホンマ、呑気で無欲な人や。


         ♪


 ──ん?


 ふと、オイラは出窓の外から気配を感じて外を見る。


「……!?」


 そこには、窓の外から顔を近づけてオイラを見ているお嬢さんが一人。

 年の頃は成人くらいか、大きな瞳が愛らしいそのお姿に、たちまち釘づけになる。


 そして……ニッコリ、満面の笑み。


 チュドーーーーーン!!


 直後、本日二度目のノックアウト。


『オ、オイラとしたことが……っ』


 それでも何とか持ちこたえながら、恐る恐る出窓のガラスに顔を近づけると。


「ねえ、可愛いニャンコちゃん、今からお家にお邪魔していい?」


 外からのお嬢さんの声がはっきりと聞こえてきた。


「……」


 さて、どないしたらええもんか。

 人様の言葉が分かるからと言うて、今ここで首を縦にでも振れば、お嬢さんのリアクションは想像するまでもなく驚くに決まっている。


 ならば、答えは一つしかない。


 オイラは、首を少しだけ傾けた。

 そう、分からないフリ。


『大歓迎やで』と、心の中で呟きながら。

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