第12話 迫り来る災厄
地域守護法人「
古来、日本では妖怪による災害が頻発した。それに対抗するため、妖怪狩りの技能を持った人々は集団となった。寺社に仕える者、傭兵集団となる者――さまざまに歴史を彩りながら。
やがて彼らは地域に土着し、今も続いている。
それを現代の法制度で整備したのが、地域守護法人である。
四方神会は、四方神一族に由来し、四方神島を守るのがつとめだ。
その四方神会本部では、先日現れたミズチについての対策会合が行われていた。
「……目撃証言や襲われたボートとのサイズ比からすると、体長はおよそ三十メートルと推定されます」
会議室の大型モニターには、報告資料が映しだされている。
「三十メートルか……でかいな」
喜代輔がつぶやく。
「漁業組合には操業自粛を要請、定期フェリーについては本数を減らし、護衛船とともに航行させ安全確保につとめています。引きつづき巡航船も出し、二十四時間体勢での警戒に当たっています」
広大な湖に浮かぶこの島では、本土との道となるフェリーは重要な運送手段だ。こういった事態のときは、フェリーの周囲を護衛船が守ることになっている。もちろん絶対安全というわけではないが、この体勢で死者が出た記録はいまのところない。
「マリーナはどうなっている?」
「遊覧目的によるボート使用等、水上での遊興行為は停止させました」
ボート遊びや釣り、遊覧船など遊びでの出航については、不安材料が取りのぞかれないかぎり禁止される。
「今回の場合は、ミズチ以外の兆候は見られません。ミズチに対処すれば、すみやかに警戒を解くことができるものと思われます」
またスライドが変わる。
「ミズチの被害を受けた小型船ですが……玄武島を出航し、青龍島を経るルートで朱雀島へ向かっている途中、遭難したということです」
スライド上の地図に、事件の起こった地点がポイントで示される。
「遭難時、たまたま近くにいた朱雀門
おお、と出席者から感嘆の声が上がった。
喜代輔が発言する。
「三人とも、退魔士の認定はまだ先のことであるが、実力はあるものと証明した。今回の戦闘は、緊急措置として承認する。異議はないな?」
退魔士の認定を受けていない者が、みだりに怪異と接触し戦闘することは禁じられている。しかし緊急時においてはその限りではない。
「妥当でしょう」
「さすがは総領家のお孫さんだ。頼りになる」
出席者から賞賛の声がチラチラ聞こえる。
「感謝する」
喜代輔はあくまで真面目な顔でうなずいた。
「それでは引きつづき警戒を怠るな。十分な情報収集ののち、討伐を行う。相手は未知の妖怪じゃ、くれぐれも逸るな。ただし、緊急時はこの限りではない」
「了解しました」
「これで対策会議を終了する。質問はないな?」
全員が顔を見合わせ、無言をもって答える。
「ではこれにて……」
「大変です!」
会議室の扉が乱暴に開く。
「何じゃ、騒々しい!」
「は、浜に、
「何じゃと!?」
喜代輔たちは会議室を飛び出した。
朱雀島南部にある美波浜は、夏には湖水浴場として解放される。島内・島外から人が押し寄せるスポットだ。
今は季節外れの夕暮れ時とあって、人通りは少なかった。浴場には立入禁止のテープが貼られ、警察と退魔士だけがいる。
「ふーむ……」
早暁がビニールシートをめくり、喜代輔がのぞきこむ。
シートの下には、無残な死体があった。全部で五体、流れ着いたものだ。
「オルギム・アームズの連中で間違いなかろう」
死んだのは、一般人ではなかった。いずれもボディアーマーを着けている。「オルギム」と英字のロゴが入ったアーマーだった。
「全身の骨が折られています。しかも、さまざまな方向から力をかけたようです」
シートを持ったまま、早暁が眉を寄せる。
「いったいどうやったらこんな殺し方を?」
早暁が喜代輔を見上げる。
「祖父様!」
「おお、ヒノか」
ヒノがテープをくぐって浜に入ってくる。彼も知らせを受けて駆けつけたのだ。
「姫子さんはどうした?」
「すみれと啓介にまかしてきた」
「ま、それがええじゃろ。……見よ」
「う……」
ビニールシートの下を見たヒノが顔をしかめる。
「これ、ヒノ」
喜代輔がたしなめる。
ヒノはハッとして、口をぎゅっとつぐむ。嫌悪の表情が出ないようにこらえる。
「……ご苦労じゃった。おぬしらの弔い、させてもらうぞ」
喜代輔は死体に向かってささやいた。敬意が籠められていた。
怪異と戦った者は、何者であれ敬意とともに供養される。死者に向かって嫌悪の表情を見せてはならない。
「祖父様、これは?」
「む?」
アーマーと衣服のすきまに、黒いかけらがついている。
「これは……」
喜代輔は手袋をし、注意してつまみあげる。
「薄いガラスの破片みたいな感じだな」
喜代輔はその小さなかけらをじっと見つめた。
「ヒノ、お前……ミズチとやりあったじゃろ?」
「ああ」
「そのあとの調査で、あの水域から出た遺留物と似ておるな」
「ってことは……」
「ちょっと! 入っちゃいかんよ!」
突然、警官の声がした。
立入禁止のテープをくぐる集団がいる。
「
集団の先頭にいるのは、相武だった。血相を変えて走ってくる。
「し、死体が、う、ウチの退魔士だって……」
「おそらくな」
「見せてください!」
「覚悟せい」
喜代輔は横にずれ、相武らに場を譲る。
相武たちがシートの下をのぞく。小さな悲鳴が上がった。
「三浦! 草野! 加賀ァ!」
相武には、死体が誰であるかわかったようだった。
「ああ……なんで……なんで……くぅぅ」
目元に涙がたまり、あふれ出す。
「うう……うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
相武が慟哭した。
オルギム・アームズの退魔士たちもショックを受けたようだ。
「どうしてこんなことに! くそォ!」
「……気の毒なことじゃ」
相武が涙もぬぐわず立ち上がった。
「今すぐ船を貸してください。皆の仇をとる!」
「落ち着けい、何者がやったかもわからんのじゃぞ?」
「そんなの、特定する必要があるんですか? 言いましたよね、湖にミズチが出たって。そのミズチが襲ったんだ!」
相武はつかみかからんばかりの勢いだった。
喜代輔は首を横に振る。
「それでは尋ねる。この者らは、オルギムの中でも特別に弱かったのか?」
「そんなわけない! 三浦も、草野も、僕らと同じ強さを――」
言いかけて、相武はハッと口をつぐんだ。
喜代輔は重々しく、若い退魔士を戒める。
「オルギムの装備と能力ではかなわぬ相手ということじゃ。怒りにまかせて被害を広めるのは、この水域を治める朱雀門家総領代理として認められん」
相武は怒りと屈辱をこらえるように震えていた。やがて身をひるがえし、仲間とともに砂浜を去っていく。
「祖父様……」
「今は、慎重さが必要じゃ」
喜代輔は死体から採取したかけらを、ビニール袋へとしまった。
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