第10話 島の教会
数日が過ぎた。
喜代輔は車を降りた。
いつも着物を着ているのに、今日は違った。グレーのスーツに、深みのあるブラウンのハンチング帽をかぶっている。島民でも、彼が誰だか一瞬わからないだろう。
乗りつけたのは教会だ。四方神島唯一の、キリスト教の礼拝堂だった。
礼拝堂の中には誰もいなかった。喜代輔はまっすぐ懺悔室へ向かう。
「珍しいデスネ、あなたがここにいらっしゃルトは」
女性の声がした。やや子音の強い日本語だ。
懺悔室のカーテンが開き、シスターが顔を見せる。金髪碧眼の白人だ。修道服がよく似合っている。
「いつもナラ、啓介サンか若サマにまかせるノニ」
「少々、大事な話でな」
「ツレないでスネ。大事な話のトキしか来てくれないナンテ」
「ま、おたがい立場が違うからのぉ。一方はキリスト教のシスター、一方は朱雀神社を祭る一族の元総領じゃ」
「アナタとワタシ、信ずるもの異なるノ、よぉくわかってマスネ」
「それでよいのかのぉ」
「されど侵食する、ソレぞ我が父なるデウスの御力」
「かなわぬな、クリスには」
クリスティーナは、この教会を司る唯一のシスターである。
彼女は朱雀門家と特別な協力関係にある。彼女は情報収集のプロだ。その能力を朱雀門家のために使うことで、島に教会を持つことを許されている。
「デハまず、先日の依頼分からデス」
クリスティーナは、数枚の書類を喜代輔に渡す。
書類の一番上に添付された写真には、ヒゲ面でクマのような男が写っていた。先日、喜代輔の道場に殴りこんできた中年男だった。
「ソノ男の名は
「退魔士か」
「アナタがたと同じデス」
退魔士、霊能者、
いまだ妖怪のはびこる現代において、退魔士は治安を守る仕事として認識されている。まるで警察官のように。警察官が人と対峙して世の中を守るとすれば、退魔士は妖怪と対峙して世の中を守る。
ただ警察官と違うのは、退魔士は公務員ではないという点だ。退魔士の認定は国が行うが、資格を得た退魔士のほとんどは民間で活躍している。
喜代輔や早暁も、その資格を持っている。
道場に殴りこんできた男も、退魔士だったのか。
「この伊吹トいう男……三年前、依頼を受けたアト、失踪してイマース」
「失踪?」
「三年前ニ行方不明になっタそうデス。退魔に失敗シテの死亡ト見なされていマス」
妖怪退治にはいつも危険がつきまとう。退魔士の行方がわからなくなることも珍しくない。そのため、退魔士の資格を持つ者の行方が三年以上わからなければ、法律上は死亡したと見なされる。
「……といっても、本人は早暁の箱の中じゃからのー」
早暁の持つ、魔封じの箱。あそこに封印されてしまえば、まず出てこられない。
「まあ、タチの悪い妖怪が、たまたま知ってる人間の顔でも借りたかの」
「何気ニ怖い話デスネ」
クリスティーナが十字を切る。
「それで、今回、湖に現れたモノとの関係は?」
「まだ調査中デス。今のトコロ、関係は見いだせてまセン」
「ふむ。今回の報告、しかと受け取った。次に調べてほしいのは、コレじゃ」
喜代輔は写真を一枚、クリスティーナに渡す。
黒いワンピースの姫子が写っている。隠し撮りした写真のようだ。
「オウ、ソレはお宅の新しいお嫁サンネ」
「耳が早いな」
「ソレがワタシの取り柄ですカラ」
クリスティーナが笑う。
「コノお嬢サン、水上でミズチに襲われタと聞きマスネ。そのコトについて?」
「因果があれば知っておきたい」
「わかりマシタ。調べてみまショウ。報酬はいつもの通りニ」
「ああ、ここに。資料も、この中だ」
喜代輔は封筒を取り出し、滑らせる。
厚みのある封筒の中を確認して、クリスティーナはほほえんだ。
「調べがついたら、いつものように連絡してくれ」
喜代輔は席を立った。
「でハ、神のご加護を」
クリスティーナが祈りをささげる。
喜代輔は答えず、懺悔室を出た。
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