第8話 家族
翌日。
朱雀門家では、決まった時間に朝食を取る習慣がある。
祖父・喜代輔、祖母・梅子、孫・ヒノ。基本はこの三人だ。たまに、泊まりにきた親戚や喜代輔の弟子が一緒になることもある。
今朝からはここに、姫子が加わるだろう。
ヒノはまだ眠い目をしぱしぱさせながら、居間にむかう。
「おはよう、ヒノ」
「おはようございます、
喜代輔と梅子はいつもの着物だ。梅子は足が悪く、家の中でも杖をついている。
「今朝のご飯は何かなー」
朱雀門家は、家政婦を何人か抱えている。食事は彼女らが作ってくれる。
「おはようございます、ヒノさん」
キッチンに食事担当の家政婦と、姫子が立っていた。
テーブルには食事がきっちり並んでいる。塩鮭、おひたし、卵焼きにお漬け物。オーソドックスな和食だ。
姫子は、ヒノらが入ってきたタイミングに合わせ、ご飯と汁物を用意する。
「あれ? なんで?」
「今朝は、姫子様がお作りになるとおっしゃるので……お手伝いだけいたしました」
中年の家政婦が、申し訳なさそうに苦笑する。
「え、姫子、全部作ったのか?」
「はい。慣れない台所だったので、ちょっと時間がかかってしまいましたが……」
姫子は笑ったが、すこし不安そうだ。
「ご迷惑、でしたか……?」
「い、いや」
ヒノたちはテーブルについた。
姫子も座る。
「いやいや、立派なもんじゃ。ありがとうな、姫子さん」
喜代輔に褒められて、姫子はほっとしたようにほほえんだ。
「いただきます」
「いただきます」
ヒノは卵焼きを口に含んだ。
「あ、うま……」
思わずつぶやいた。
だし巻き卵だ。甘くない味つけは、ヒノの好きな味だった。ふんわり半熟なのも、ばっちり好みだ。
「まあまあ、懐かしい味だこと。玄武の味だわ」
味噌汁をすすった梅子が笑う。
「はい、
「そう、三つ家の。どおりで……
「夕香子って……母さん?」
ヒノは手を止めた。
ヒノの母・夕香子は、全国を飛び回る父に同行し、滅多に帰ってこない。食事を作ってもらった記憶もほとんどない。
梅子が続ける。
「そうよ。玄武院家は、玄武島の中に本家と九つの分家があるのよ。夕香子さんは上から三番目の家の出ね」
「祖母様は?」
「私は上から八番目。ほとんど末席ね」
喜代輔がニヤと笑う。
「姫子さんは、久々に玄武院の本家に生まれた女児ということになる。そんな人を嫁にもらうんじゃ。おろそかにしてはいかんぞ、ヒノ」
「……オレを何だと思ってやがんだ」
ヒノはムスッと口をとがらせた。
食事を終えて、ヒノと姫子は一緒に居間を出た。
「なあ、姫子」
「はい」
「えーと、その……」
ヒノはこめかみのあたりに手をやった。照れながら、姫子に告げる。
「旨かったよ。ありがとな」
姫子はパアアと表情を輝かせる。
「喜んでいただけて、よかったです」
姫子がほほえむ。
ヒノは直視できなかった。目をそらしたまま、ヒノは廊下を進む。
姫子が黙ってついてくるのが、何だか心地よかった。
「ひーめーこーちゃん!」
あーそーぼー! と言いだしそうなテンションで、すみれたちがやってきた。
「家具やら服やら、いっさいがっさい買いに行くわよー!」
姫子はいまだ客間住まいだ。
そろそろ家族としての部屋を整えるべきだろう。
「さ、駐車場に車来てるわよー。乗って乗って」
朱雀門家の駐車場は、これまた広い。
「何でオレまで」
「バカねー、未来の旦那ぬきでできないでしょ、こーゆー話は」
「金はどーすんだよ」
「大丈夫! 財布は用意してあるわ!」
すみれが扇子で、車の方を示す。
「おーい、まだ行かぬのか?」
ワゴン車の助手席から、喜代輔が顔を出している。
「祖父様のことかよ!」
人の祖父を生きた財布あつかいするとは、やっぱり性悪かもしれない。
「あ、あの……」
姫子が申し訳なさそうに小さくなる。
「わたし、こんなにしていただかなくても……」
「だぁーいじょーぶ、だいじょーぶ。姫子ちゃんの今後の生活は、朱雀門家が見るって決まってるそうよ。どーんと甘えちゃいなさい」
「ついでに自分の服も買ってもらおうと思ってんじゃないだろな」
「…………」
「なぜ無言で目をそらす! おいコラ、おスミ!」
ギャーギャー騒いでいると、早暁がやってきた。彼が運転手をつとめてくれるそうだ。
「いつもすみません、早暁さん」
「いいえ、気にしないでください。それに……」
早暁は、姫子に視線を移した。
「初めまして。私は朱雀門喜代輔様の弟子で、美黒早暁と申します。あなたが若の……」
「は、はい。玄武島より参りました。玄武院姫子です。よろしくお願いします」
姫子と早暁はナチュラルに初対面を果たす。
すみれが扇子をパタパタあおぎながらつぶやく。
「誰かさんよりよっぽどスマートねぇー」
「……何でオレを見るんだよ」
「別に?」
「早暁さんがモテる理由がわかるねー」
早暁は人気がある。はっきりした目鼻立ち、すらりとした体つき、真面目で面倒見がよく、強さと優しさを持ち合わせる性格。イケメンという言葉の塊のような男だ。
「皆さん、行きましょう。シートベルトは忘れずに」
六人を乗せた車は、繁華街へ向かった。
朱雀島は、四方神島の中でも経済が発達した島だ。商店街は人があふれ、活気がある。地元民だけでなく、観光客も多く訪れる。
六人は、朱雀門家がいつも使っている家具屋に入った。
「姫子の部屋は、ヒノの部屋の隣じゃ。広さはこれだけあって……」
「このスペースでしたら、こちらなんかがよろしいですよ」
昔から商売をしているだけあって、手際がいい。あっというまに、若い女性向けの家具がそろった。ベッド、机、本棚、ミニテーブル、ラグ……大型の家具はあとで配達されることになった。
「じゃ、次は服ね!」
すみれがイキイキしだす。
「んじゃ、僕らは本屋でヒマつぶししてるからー」
啓介と早暁は、いったん離れることにしたらしい。
「じゃ、オレも……」
ヒノも離脱しようとしたが。
「何言ってんの、ヒノはこっちよ」
すかさず首根っこを押さえられた。
ずーるずーる引きずられて、ヒノも連れていかれた。
「やーん、かわいいー」
すみれは猫なで声ではしゃぎっぱなしだ。
試着室で、すみれプロデュースのファッションショーが展開されている。
モデルはもちろん姫子だ。
「チュニックに~ベアワンピ~、マっキシっ丈も~。あ、グリーンが似合うね。それからカットソーっとぉ」
すみれは鼻歌交じりにばっかんばっかん服を選ぶ。片っ端から姫子に試着させ、買う買わないを決める。あまりの上客ぶりに、定員もニッコニコだ。
ヒノと喜代輔は、店内のソファであくびをかます退屈ぶりだったが。
「じゃ、次はこの白いワンピね」
姫子が試着室から出てくる。
「おー……」
一同、思わず声を漏らした。
ふんわりとギャザーの入ったワンピースは、雪のように白かった。まるでウェディングドレスを連想させる服に、姫子の黒髪が映える。
それを着た姫子は、まさに花嫁だった。
「ほら、ヒノも何か言ってあげなよ」
何でオレが、と言いかけてヒノは口をつぐんだ。
姫子が子猫のような瞳で、ヒノをじっと見つめていたからだ。
「い……いいんじゃないかな」
姫子はパアアッと表情を輝かせる。
「それだけぇ?」
「な、何だよ」
「あたしのコーデ
「悪くないセンスだ、お前にしては」
「一言余計!」
すみれがヒノの頭をペンと叩いた。
姫子は嬉しそうにほほえんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます