第6話せとか

「そのうちの一体が今君の目の前にいるEP №3だ。」

博士がそう語り終えた後、僕の思考は三秒ほど停止し、さらに気持ちを落ち着かせるために十秒かけて深呼吸した。

「心は落ち着いたかね?、理解は追いついているか?」モニター越しに博士が訪ねてくる。

「はい、何とか」腹の底で渦巻いている高揚感を何とかなだめて、返事をする。

「よし、ならば後の詳しい説明は№3から聞いてくれ、私は結構多忙なのでな、これで失礼させてもらう。」

その言葉を最後にスマホの通信は途切れた。

それを合図に僕の対面のソファーに座っていた澤村・○ペンサー・○梨々似

のアンドロイドが立ち上がり言った。

「さて、じゃあ後の詳しい説明は私からするわ、でもま、その前に私のパートナーになったあんたには真っ先にしてほしいことがあるのよ。」

「し、してほしいこと?」思わず少しきょどりながら答えてしまう

しかし、これは仕方がないことだ、なぜなら、生まれてこの方27年こんな絶世の美女と話したことなんてない、いや、女性と会話したこともあまりないまである、ましてやカラオケボックスで二人きりなどというシチュエーションなどは青天の霹靂である。

「そ、あたしの名前を決めてほしいのよ」と彼女はそう言った。

「は?」僕は思わず絶句し、すぐにあまり回転のよくない頭をフル稼働させ先ほどまでの諸星博士との会話を思い出す。

そいいえば博士は始終彼女のことを№3と呼んでいた気がする

その事実と彼女の「名前をきめてほしい」という言葉が示すことは一つだ。

「君にはまだ名前がないのか?」

「ええ、識別番号の№3という呼称はあるけれど、人間としての名前はまだ

貰ってないわ、博士が言ってたもの、人間としての名前は君たちが人間として支え

ともに悩み、ともに歩むパートナーにきめてもらいたまえってね」

軽障害者を人間として支え、ともに悩み、ともに歩むパートナー……

いかん、それだけでもう眼がしらが熱くなってきた。

僕は必至で手で涙をぬぐい、気を引き締めて彼女を見つめ返す。

「わかった、僕が必ず君にふさわしい名前をつけよう」

「ええ、とびきりのやつをよろしくね、あ、あと苗字もよろしく」

彼女にふさわしい名前をこのあまり良いとはいえない脳から絞り出すべく

僕は目を閉じ思考の海に沈んだ。が、やはりなかなかいい名前が浮かんでこず

心身ともにめいそうしていると、ふと、ほんの少しだが部屋の中に爽やかな柑橘系の臭いが漂っていることに気が付いた。と同時に僕は昔これとよく似た臭いを嗅いだことがあるような気がした、その記憶を掘り起こすためさらに思考を研ぎ澄ます。

どこだ!どこだ!どこだ!いつどこで嗅いだ!

必死に記憶をあさっている内に段々とその時の情景が形を帯びてくる。

そう、あれは確か母が遠く愛媛から取り寄せた……。!!!

そこまで考え、僕はその情景を鮮明に思い出し、目を開くと同時に彼女に尋ねた。

「あの……失礼でキモイ質問かもしれないんだけど、君から少し爽やかな柑橘系の臭いがするんだけど……。」

すると彼女はスンスン自分の臭いを嗅ぎながら少し不安げに答えた。

「柑橘系の臭い???するかしら?髪の臭いじゃないし、服の臭いでもないわね、

香水はつけてないし、この部屋に置かれてる消臭剤は無香料っと、気になる?……。」

僕は恥ずかしかったが、誤解されたくないと思いとっさに答えた。

「いや、逆だよ、逆、とてもいい匂いだったんだ、それでその……少し変態っぽいかもしれないんだけど、君のその臭いさっきは柑橘系って言ったけれど、より詳しくいうなら『せとか』の臭いそっくりなんだ。」

僕が赤面を隠しながら勇気を振り絞ってそう言ううと彼女は

「『せとか』、『せとか』……うーん駄目ね、私の知識じゃせいぜい柑橘類の一種って程度だわ、よければ詳しく説明してもらえる?」と言ってきたので

僕は一も二もなく説明を始めた。

「『せとか』っていうのは君が言う通り柑橘類の一種で、香りや食味の良い柑橘を掛け合わせ作られた、濃厚な味わいとみずみずしいオレンジの香りを併せ持つ、究極の柑橘と言われている果物なんだ。」

僕が説明を終えると彼女は微笑みながら言った。

「ふーん、極上の味わいと出色の香りを持つ究極の柑橘ねえ……、うん、いいわ、その名前気に入ったわよ、私の名前『せとか』でいきましょう。あと名字と表記はどうする?」

「え~と、じゃあ名字は適当に『河村』で『せとか』の表記は漢字で『星都夏せとかとかきれいじゃない?」

「星都夏、星都夏、うん確かに綺麗な字面ね、よしじゃあ私の名前は『河村星都夏』に決定!!じゃあ、改めて、私があなたのEP(エターナルパートナー)№3 河村星都夏よ、よろしく、灰谷誠二。」

そういって彼女が微笑みながら手を差し出したので、僕はそれを握り返しながらいった。

「こちらこそよろしく星都夏。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る