可愛いの大きさ

 綺麗な夜空に、ガラスの破片が飛び散ったように広がる星の中に、ひときわ目立つ大きく丸い水晶のような月がでている下、少女二人の声が響く。


「……っん……あっ……んっ!」


 彼女は私の前で、声がでるのを必死にこらえていた。

でも、こらえきれずにたまに、可愛らしい声がでる。

そして私はまた少し手を動かす。


「……っぁん……」


 彼女は私の手の動きにあわせて声を出す。

もう、これをかれこれ10分ほどは続けている。

そして、そろそろ耐えきれなくなった彼女は言う。


「あっ、あの……ひゃん!そろそろ、や、やめていただき……ぅんっ!……ま、ませんか……?も、紅葉さん……」


「いいえ、あと少しだけですので。多少の我慢をお願いします」


「で、でも……っん……。なんで……こ、こんな事っ、するんですか……?」


「なんで……?なんでって、それは――――」


私は彼女の素朴な質問に対し、大きな声で言う。


「雪柳さんの豊満な胸と、そのおなかのくびれが羨ましいからですぅ!」


「ご、ごめんなさぁ~い!」


「謝らないで!もっと悲しくなるだけだからぁぁ!」


 そう、私、三日月紅葉はたった今、雪柳さんとお風呂に入っているのである。

私の家にある、露天風呂に。

そこで見た光景に私は理性を失い今に至る――――。




 私は三日月家の長女で、両親共に企業の社長で割と裕福な家庭である。

お母さんは、海外での仕事が多く、日本に帰ってこられるのは年に1ヶ月ほど。

ほとんど、お父さんに育てられて――――、いやお父さんは毎日忙しかったから、お父さんが雇った、使用人に育てられてきた。

 私が11歳ぐらいになった頃、お母さんが妊娠したと突然家に帰ってきた。

もちろん、お父さんとお母さんの子で、二人がとても喜んでいたことを覚えている。

 そんなこんなでお母さんは、出産のために日本の病院に入院した。

そしてそのとき産まれたのが、今、幼稚園の年中クラスにいる紅亜だ。

お母さんは紅亜を育てるため、日本に在住した。そのときは、なかなか会えないお母さんによく甘えていた。

 でも仕事の都合上、どうしても海外へ行かないといけなくなり、紅亜を使用人の人に託し、1年ほどでまた海外へ行ってしまった。

 そのときは、紅亜は1歳と5ヶ月ぐらいだった。

しかし、そのころ私はお母さんにかまってもらうのに夢中になりすぎて、紅亜と会った事がほとんどなかった。

 だからお母さんがまた海外に行ったことを機に、紅亜と会うことにしたのです。

私は、お母さんが抱っこしているところしか紅亜を見たことがなかったため、紅亜の顔を知らなかった。

初めて紅亜の顔をしっかり見たとき、私は衝撃をうけた。


普通の赤ちゃんの顔だっ!


と。あのときは紅亜に対して特に感情などなかった。

しかし、お父さんに


「ちょっと、使用人に紅亜を任せすぎじゃないか?紅葉も、もう中学生になるし、お姉ちゃんとして紅亜の面倒を少しはみたらどうだ?」


といわれた。

 その日を境に私は紅亜の面倒を見るようになっていった。

だが、赤ちゃんはすぐに泣くしいろいろ世話がやけるし大変だったのを覚えている。

 そんなある日、いつもどうり小学校から帰ってきて、紅亜の下へ向かった。

そして、哺乳瓶にミルクをいれ、飲ませようとしたとき紅亜が、


「おねぇたんっ!」


と、言葉を発した。

 私は一瞬戸惑ったが、お姉ちゃん、と紅亜が言ったと理解した瞬間、心を矢で射抜かれたような感覚に陥った。

うれしさという感情によって……。

 私はすぐにお父さんに報告しにいくために、哺乳瓶を机に置き、走った。

お父さんは自室でパソコン作業をしていた。

勢いよく扉を開けた私に少しびっくりし、


「どうした?」


と冷静を装って聞いてきたが、そんなお父さんとは違い私は、高ぶる感情により、冷静になんて答えられるはずもなく、息を切らしながら


「おっ、お父さん……、く、紅亜が、お、お姉ちゃんって……言った!」


 お父さんはそれを聞き大きく目を見開いた。

お父さんもうれしいようで、息を切らしている私をお姫様抱っこして、紅亜のいる部屋に小走りで向かった。

 扉を開け、紅亜のいるベッドまで行き、様子を見る。

紅亜は私とお父さんを見て笑った。

同時に私とお父さんも笑顔になった。

 すると急にお父さんが紅亜を抱き上げ、抱きしめた。

何度も言うが、このときお父さんは本当にうれしかったのだと思う。

一方で抱きしめられた紅亜は泣き出してしまった。

 お父さんは泣き出してしまった紅亜を泣きやませるため、揺すったり、色々なことをした。でも、紅亜は泣きやまない。

困り果てたお父さんは私の方を向いて、


「紅葉~、助けてくれぇ!」


と助けを求めてきた。弱音を吐いたお父さんを久しぶりに私はみた。

 そんな、助けの声に応えるため私はお父さんから紅亜をあずかった。

そして、泣きやませるため努力し――――ようとしたが紅亜は私の胸元に来た瞬間に泣きやみ、


「おねたん!」


と、私の長い髪をさわりながら言ってきた。

 このとき、お父さんの元では泣いたが、私の元に来た瞬間に泣きやんだ紅亜が、ものすごく可愛く思えて仕方なかった。

お父さんは悲しそうで、悔しそうな顔をしながらこっちを見つめていたが、見て見ぬふりをした。

 ここで私は改めて感じた。この子は私の妹なんだ、と。

だから、私が面倒を見るのが当たり前だし、もう中学生になるんだからこのくらいのことはやらなきゃいけないんだと。

そう心に決め、この日から紅亜と毎日接するようになった。



 中学にあがった私は不思議な感覚に陥った。新しく出会った人、今まで友達だった人、みんなが美人だ、可愛いという人に、誰一人興味を持てなくなったのだ。もちろん異性に対してもだ。

そう、私は紅亜以外、可愛いなどの感情がもてなくなってしまったのだ。

だから中学時代は上っ面だけの笑顔を振りまき、周りが喜ぶような反応をし続けた。

自分はつまらなくてもいい、帰れば私を癒してくれる紅亜がいるから……。

 まあ、紅亜に夢中になりすぎたって言っちゃ悪いけど、そのころは全然勉強をしなかったから成績は下から数えた方が早い順位にいた。

そんな私にお父さんは


「私も高校を経営している身だ。娘がそんなんじゃぁ評判が下がる、勉強をしろ!」


と、毎日言っていた。

だが、お父さんは高校の評判なんて本当はどうでもよく、私の将来のために言っているのだと、使用人さんとお父さんの会話が聞こえてきた時から知っていた。

 でも、紅亜の世話が楽しくて仕方なかったからその言葉は、風船から空気が抜けていくように私の頭からもすぐに抜けていっていた。

 高校に上がる直前の今となっては後悔してるんだけどね……。



 ……これ以上思い出したくないほどの成績なので、思い出話はここまでにしておきましょう。

まあ、最近中学校卒業したばっかりなんですけどね。

ここから、高校の説明会の時の話に――――。



 私は学園長の娘ということで、三日月学園に入ることは中学2年生の時から決まっていた。

決まっていたと言っても、成績が悪すぎて他の高校に受験しに行っても落ちてしまうだろうと思ったから、私がお父さんに懇願しただけなんだけどね。

 一応、三日月学園の受験をしたがあまりの悲惨さにお父さんも、仲が良い19歳ほどの美しい女性の使用人の人も言葉がでなかった。

だから、最低限三日月学園の校則を覚えておけと言われ、私は一生懸命覚えた。

 覚えろと言われた日から、1週間ほどたって私はようやくすべての校則を暗記できた。そして、お父さんの前で暗記した校則をすべて言うという、私だけの受験をした。

 私はすべて言うことができ、受験に合格した。

そして、お父さんにこう告げられる。


「よし、じゃあ入試後の説明会のときに校則についておまえが話してくれ」


「え?!……なんで?」


「せっかく覚えたんだ。どこかでその苦労を使わなきゃもったいないだろう」


「う~ん……、たしかに、わかった、やる!」


 なぜこのときやると言ったのか、本当に考えが甘かった。

せめて受験者数くらい確認しておけばよかった、と……。

でも、このときこう言わなければ彼女と出会うことはなかった。



 私は外見で、頭が良さそうとよく言われる。

どこかで聞いた話では、大人しくて美人でみんなに平等に接することができる優等生、という評判だったようだ。

 実際は、紅亜以外の誰にも等しく興味がなかったからみんなに同じ態度をとることができ、話しかけられたら対応するけど、自分からは話しかけない、というだけだったんだけどね。

美人な優等生っていうのは、ただの偏見です。

 だから校則の説明をする時、体育館のステージに上るため歩いていると、美人だーとか、あれが三日月紅葉さんか、さすが優等生っぽい、と受験生達が言っていた。

そんな私は、


やっぱり、みんな外見だけで判断しちゃうんだな……


と感じざるを得なかった。

 いざステージにあがり、目をとじたまま


「みなさんこんにちは」


といった。最初の一言は緊張しないように、目を閉じたままにしたのである。

 そして、目を開く。

開いた瞬間、私は座っている受験者の数に驚いた。

たしか、1500人近くはいたと思う。まあおおよそなので正確な人数は分からないけど。

 そんな多人数の中で話したことのない私は、緊張しないようにしていたのにすごく緊張した。胃がキリキリした。手汗がすごかった。そのおかげで持っている原稿用紙はくしゃくしゃになった。着ているカッターシャツは汗で滲んでいるのではないかと思った。

 私は落ち着こうと、深呼吸をした。でも、落ち着かなかった。このとき、私はずっと下の方を見ていた。

でもそれじゃあなにも始まらないので思い切って、顔をあげた。

 そこで、私は彼女を見つけた。

目に付いた彼女は今までの人とは明らかに違う雰囲気だった。

まず見た目が違った。

髪は桜色……っていうのかな?だから目立つ。

彼女をよく見ると、胸がいい感じの大きさ。Cカップぐらいだろうか。でも、彼女だけでなく他にも胸が大きい人が何人か目に付いた。正直、みんな発育がよろしいようで羨ましくてしかたなかった。

ん?私の胸の大きさ?それは、秘密です♪

 そして、目を凝らして見なくても分かる、顔立ち。とても可愛い。

こんなに人を可愛いと思ったのは紅亜以来だ。

 さらに周りとは明らかに違う物があった。

それは、目 だ。

 まわりはの人は、私の外見にばかり目がいっている。

しかし、彼女だけは外見をだけを見ているような目じゃなかった。

そう、こころの奥底までのぞかれているような感覚・・・・・・。

 私は、人間観察が得意だからわかる。とくに初対面の人は目を見るだけで。

だから、すごく興味がわいた。中学生の時、全く友達がほしいなんて思わなかった私が、


友達になりたい!


と、本気で思った。

 私はそんな彼女に、残念な姿を見せたら幻滅されるかもしれないと思ったから、少しでも良く見せようと背筋を伸ばし、前を向き、涙がでそうなほど悲しい膨らみしかない胸を張り、声を大きくしっかり話す。

すべては、彼女と友達になるために……。



 私は時々噛むことはあったがなんとか校則と、お父さんからもらった原稿用紙に書いてある内容をすべて言うことができた。

私がしゃべり終わったときの彼女の反応は、結構よかった気がする。

だから私は、安心した。

あとは、高校に入学したら話しかけて、友達になって、ハッピーライフをおくるだけ。

 高校の友達は彼女だけでいい。私の観察ではきっと、彼女は大人しいタイプの子だと思う。だから私が、彼女のお姉さんみたいになって、紅亜と同様かわいがってあげようと思っている。

こうして、説明会が終わり受験生がみんな帰って行った。



 このころの紅亜はお菓子のとりこになっていた。とくにキャラメルが大好きで、それをあげると大喜びして、とても可愛かった。今もだけどね。

 だから、仲良くなったら彼女にもお菓子を沢山あげて紅亜みたいにかわいがろうと思っていた。

そう考えた私は、入学して知り合ったらすぐに家に呼んで餌付けができるように、近くのコンビニにあるお菓子を爆買いした。そして家に持って帰った。だが、いざ持って帰ってみると、食べるのに1週間ほどはかかるぐらいの量を買っていた。コンビニで気づけばよかったのにね。

 こんなにもいらないだろうと判断した私は、自分で食べることにした。

ついでに紅亜にもあげようと思い、私の部屋に紅亜を呼び、一緒に食べる。

 しかし、ここで問題が発生。

テレビを見ながら食べていた私は、なんと、なんと……!

気づかず紅亜の分まで手を伸ばし、食べてしまっていたのです。

三日月家のお菓子の女王の紅亜様は、そんなお姉ちゃんの姿をみて大激怒。


「おねえちゃんの、ばきゃ!」


そう言って、部屋を飛び出してしまったのです。

 私は、謝るべく急いで立ち上がり紅亜を追いかけた。

でも、家が広すぎて途中で紅亜を見失ってしまった。

このとき初めて、家が広いの不便!と感じた。

 紅亜を見失った私は、とっさに仲がいい使用人にスマホで電話をかけた。


「もしもし!紅亜と喧嘩しちゃった!」


「はい、お嬢様。声が大きいです、もっと小さな声にしてください」


「あ、ご、ごめんね?ってそれどころじゃないの!」


「また、大きな声を……。そんな大きな声だすから、声に大きさをとられて胸が小さくなったんじゃないですか?」


「もう!胸の大きさは関係ないでしょ!?」


「すいません。で、なぜ喧嘩を?」


「そう!あのね、紅亜のお菓子がね?気づいたらね?食べてたから、紅亜が怒ったの!」


「お嬢様。まず、日本語の勉強をされたらどうでしょう?」


「ちゃんと話してるじゃない!」


「いえ、はなせてません。それよりまず、落ち着いてください」


「わかった、落ち着く……!はい落ち着いた!」


「はい、本当に落ち着いたら話し始めて大丈夫です。私はお嬢様が落ち着くまでなにもしゃべりません」


「なんで!?分かった!深呼吸するから!」


ここで私は人生で一番の深呼吸をした気がする。

どうやらこの深呼吸は電話越しでも聞こえたようで、


「お嬢様、すばらしく大きな深呼吸でしたね。その深呼吸で貧相な胸が、また小さくなったんじゃないですか?」


と、使用人は言ってきた。

まったく、自分がEカップだからって私をからかって……。


「ならないわよ!」


「すいません、少しからかいすぎましたね。では、もう一度説明をお願いします」


「分かってくれればいいの。でね、さっき紅亜と一緒にお菓子を食べてたんだけど、気づかずに紅亜の分のお菓子を私が食べちゃったの。そしてら、紅亜が怒って部屋を飛び出して、追いかけたけど見失って……」


「状況は分かりました。では、まず紅亜お嬢様の部屋を探すのはどうでしょう?」


「それは名案ね!やっぱ、あなたって頭良いわ!」


「まあ、少なくともどこかの、も、から始まって、じ、で終わる名前のお方よりは頭がいいと思っています」


「それって絶対私の事よね!?」


「はい、そうです」


「うぅ……、そんなはっきり言わないでよぉ」


「そんなことより、スマホにイヤホンをつないで、歩きながら会話できるようにしてください。私はこちらから紅亜お嬢様がいそうな場所を考えて、お嬢様にアドバイスをするので、がんばって探してください」


「え?一緒に探してくれるんじゃないの?」


「なぜ一緒に探さなければいけないのです?もとは、お嬢様が紅亜お嬢様のお菓子を食べたからでしょう?だから、私は探しません」


「え~!!」


「うるさいです。また、貧相なお胸が小さくなりますよ?」


「ならないわよ!もう、わかったからアドバイスお願いね?」


「かしこまりました。

……ほんとっ、お嬢様は慌てたり混乱すると無邪気な子供みたいになりますね」


「え?なにって?」


「なんでもありません。それより速く紅亜お嬢様のお部屋に向かってください」


「わかったわ!」


 こうして私は家中を探し回った。

ついでにいうと、このときこの人は探さないとか言ってたけど実は、メールで家にいる使用人全員に


紅亜お嬢様が行方不明!さがして!

あと、私からメールが来たって事は紅葉お嬢様には内緒にしといて。


と伝えていたらしい。

もちろん私は知らなかったけど。



 私は早速、家中を探し回った。時々会う使用人の人にも、


「紅亜を見なかった?」


と聞いたがみんながみんな、


「もうしわけありません。見てないです」


と応えるだけだった。私は誰か一人ぐらい見ていてもおかしくないだろうと思っていたため不思議でたまらなかった。

 しかし、その応えはあたりまえなのだ。なぜならそのときは 全員絶対休憩時間ぜったいきゅうけいじかん というお父さんが決めた、使用人はみんなこの時間は絶対休憩するという時間だったため、紅亜の姿を見た人は誰一人いなかったのだ。

絶対休憩時間ってネーミングセンスなさ過ぎだよね。今度お父さんに言ってかえてもらおう。

 結局、昼から夜の8時頃まで家中を探し回ったが紅亜は見つからなかった。

あたりまえだ。使用人と無駄なやりとりをしている頃に紅亜は家を出て行ってしまっていたのだから。

 しかしこの、紅亜初の家出が、彼女との出会いになるなんて思ってもいなかった。



 私と使用人、全員は紅亜を探すのに疲れ切ってしまった。

どれだけ探しても見つからないから……。

 しかし午後8時半頃に、かかってきた一本の電話で紅亜捜索隊くれあそうさくたいの苦労が水の泡となった。

なぞの女性からかかってきた電話の内容を要約すると、


「今、紅亜と一緒にいる」


というものだった。

 私は、驚きと紅亜が見つかったという嬉しさが混沌とし、すぐに紅亜を迎えに行くため近くにいた使用人に声をかけ、すぐに出発した。

そして車の中で、紅亜に会ったときの謝り方や、その女性にどんなお礼の仕方をするかなど考えた。

 そして、約束の公園に到着した。

公園の中には人影が二つ見えた。ひとつは紅亜らしき影。もうひとつは、髪が肩より少し下の長さで、身長がわたしより少し低いぐらいの女性の影。


ほんとうに、紅亜がいるんだな


と、わたしと、運転をしてくれている使用人は安心した。

私は、使用人に


「車の中で待ってて?」


と声をかけてから車を出て、紅亜の元へと急いだ。

 私は冷静に女性にお礼をして紅亜を連れて帰るつもりだったが、私に気づきこっちに顔を向けた可愛らしい紅亜に、衝動を抑えられずおもいっきり抱きついてしまった。

抱きついてから私は思った。


女性に変な奴だな


と思われてしまったのではないかと……。

 紅亜は、相変わらずぷにぷにの感触で、ずっと抱きついていたいほどだった。

しかしそんな私の願いは叶わず、紅亜は私の腕の中からするりと抜け出し、女性に声をかけた。


「ゆきなやぎ~!」


 私はそこで疑問に思った。

ゆきなやぎ?もしかしてこの女性の名前?

ゆきなやぎってなんか変じゃないか?

こんなふうにね。

 紅亜に抜け出された私も我に返り、その女性にお礼を言おうとする。

もし本当に、ゆきなやぎさんだったら失礼だから、ちゃんとゆきなやぎさん、と言って。

 しかし、彼女の顔をみて私はとても驚いた。

そう、説明会の時にいたあの可愛い女の子だったから……。

そして、可愛い女の子に告げられる。


「わ、わたし、雪柳です……」


と。なんだ、やっぱりゆきなやぎじゃないじゃん、と私は安心する。

 同時に、名前を知れてよかったと嬉しくなる。

さらに同時に、ここで雪柳さんと友達になってしまおうとも思う。

 だから、ここでいろんな話をして仲良くなろうとしていたが、雪柳さんのしゃべり方は片言で、あまり人としゃべり慣れていない感じだった。

 だからすこし話しづらいなと思った、

でも、可愛らしく癒される声だったので、正直話しづらいとかそんなことどうでもよかった。声も顔も全部可愛いなんて、非の打ち所がない、最強の人です。

 雪柳さんはどうも落ち着かない様子だった。

だから、ゆっくり落ち着いてお話ができるように家に招待しようと思った。

しかし、雪柳さんは私の家に行くのを拒否した。だが私は諦めず説得し続けた。

そして、いろんな言い分を主張してなんとか雪柳さんを家に連れて行くことに成功する。

 紅亜と雪柳さんを車にのせ、家に向かう途中、紅亜の機嫌をなおすためのお菓子も沢山買った。



 家、いや雪柳さんからしたら学校かな?につくと、案の定、彼女は戸惑っていた。

昼間とは違う学校の雰囲気に……。

私でも時々思う。

三日月学園は夜になると、なぜかとっても怖くなる、と。

理由は、灯りが少ないからだと分かるけどね。

 なかなか前に進まない雪柳さんを見て、私はおびえている小動物みたいで可愛いと思った。

だから母性本能?がはたらき、私は小動物みたいな彼女を守ってあげたいと感じ、自然と手を差し出してしまっていた。

 すごく照れくさかった。人に優しくするのがこんなにももどかしいものだなんて知らなかった。

そして、雪柳さんは私の手を握ってくれた。

雪柳さんの手は、なんかこう……柔らかすぎて溶けてしまうのではないかと思った。

 一人で興奮していると、雪柳さんになぜかお礼を言われた。

こんな可愛い子にお礼を言われて、普通でいれれるはずがない。私は今すぐにでも抱きついてあげたいと思ったが、いきなり抱きついたら、変人確定になってしまうので何とか抑えた。

 あと、同年代の子にお礼を言われたのが久し振りだったので、嬉しくなって気持ちも舞い上がった。

このとき、顔が熱くて絶対真っ赤になっていると自分でも気付いたから、がんばって見られないようにした。



 私の家は学校の敷地の奥の方にある。理由は、生徒に見られないようにするという単純なものだ。多くの生徒は学校内に三日月家があることを知らない。

 でもたまに、方向音痴な生徒や、春の時期は入学したばかりの初々ういういしい生徒が迷い込んでくるが、それはわざとじゃないため特になにもしない。

 しかし噂を聞いて、度胸試し的なノリで分かっていて入ってくるワルぶった幼稚な生徒は、見回りの使用人が見つけ次第お父さんに報告して、しばらくの間停学になる。

だったら、学校の中に家を建てるなと思う人もいるでしょう。

でも、この高校は家よりも後に建てられた建物なのでしかたないのだ。

 家は、両親共に和風が好きという理由からなにからなにまで和風だ。でも、電気は通っている。水は、井戸水をポンプで汲み上げて使っている。

 実は三日月学園も外観は一般的なものだが、中に入ってみると和な感じの物、造りが多い。

それほど、両親は和が好きなのである。

 私も、和な家や庭は好きだ。でも、両親ほど好きなわけではない。

だが今日ほど家が和風でよかったと思った日はない。

雪柳さんは、三日月家の日本庭園を見た瞬間、目を見開き、私の手を強く握りしめてきたのだ。

 ここで私は察した。きっと、彼女は和風な感じが好きなんだろうと。

彼女はテンションが上がっているのを隠しているつもりなんだろうけど、あっちこっちを見回したり、私に


「ここは庭ですか?」


って質問してきた時点ですぐに分かった。雪柳さんに対する可愛いという気持ちも倍増した。

 そんな雪柳さんは、はしゃぎすぎたのか、お父さんが何となく設置した灯籠に鼻をぶつけてしまった。

これが、一緒にお風呂に入ることとなったきっかけである。

私はすぐに鼻血が出ていないか心配した。

このとき、お父さんを恨んだ。


なんでこんなところに灯籠を設置したのか。雪柳さんの可憐なお顔が傷ついたらどうしてくれるのだ!


ってね。

でも、その場所はちょうど灯りが少ない場所だったから、鼻血が出ているかどうか確認することができなかっった。だから私は、早歩きで家に向かうことにした。

 家につくと、案の定雪柳さんの鼻から血が沢山出ており、服にまで浸食していることが判明した。

私は、泣きそうになった。こんな可愛い子に鼻血を出させてしまうなんて、申し訳ないと。

 それから、私は止血する手当をしてあげた。鼻をぶつけてからしばらく時間がたっていたせいか、5分ほどで鼻血は止まった。

ここで一句。


ゆきやなぎ どこもかしこも マシュマロか


 雪柳さんの手当をしているときに私は感じた。

雪柳さんの鼻は小さく可愛らしい。そこまでは見た目で分かっていたため、許容範囲だった。

しかし、ほっぺたについていた鼻血を拭いてあげようとさわった瞬間、私は天にも昇る気分になったのです。

やわらかすぎて……。

本当に私と同じ年齢なのかと疑わしくなったぐらいだ。

 手当をしている時に顔が近づいて興奮していたなんて、口が裂けてもいえない。

ついでに、私に顔を拭かれるときに目をつむり、


「……んっ」


と、かわいらしい声を出してしまった雪柳さんの潤った唇にキスをしたくなってしまったことも、口が裂けてもいえない。

もう、私の2番目の妹にしたいぐらいな気持ちだった。



 雪柳さんの鼻血でよごれた服を、私の頼みで使用人に洗濯してもらった。

しかし、豊満な胸のあたりに垂れて乾いてしまった鼻血はとれずにいた。だから、雪柳さんをお風呂に入れてあげることにした。ついでに、紅亜探しで忙しかったため、風呂に入れていない私も一緒にはいることにした。

 このときは、雪柳さんと友達になってすぐ一緒にお風呂に入れる、と興奮していた。

そして、脱衣所に入り恥ずかしそうに服を脱ぐ雪柳さんを見て可愛いと思った。でも、どんどん露わになっていく雪柳さんのお腹と胸をみて、私は悲しさでいっぱいになる。

 まず私たちはお湯を浴び、先に体を洗うことにした。そんな時でも私は、雪柳さんの胸をずっと見続けていた。腕や手が胸に当たるたびに揺れるのが羨ましくて……。

 洗い終わって、私たちは湯船に浸かることにした。最初は室内にある檜木ひのきでできたところに入っていたが、雪柳さんに


「うち、露天風呂があるけど、どう?」


と聞いてみたら、


「ほ、本当ですか?!入りたいです!」


って、胸を揺らしながら喜んだ。わざと揺らしているのではないかと疑ったが、雪柳さんはそんなことをする人ではないと思ったため、自分を軽くびんたして我に返る。

 露天風呂のところまで雪柳さんを、私は案内してあげた。

歩くたびに揺れる胸を羨ましがってなんかないよ?

そして、2人で入るには広すぎる露天風呂にゆっくり浸かった。



 お湯の流れる音だけが聞こえる中、私は何か話をしようと、雪柳さんの方をみた。

しかし、彼女は夜空を見上げていた。今日は雲一つ無く、星がよく見えるから見とれてしまっているのだろう。

だが、私はそれよりも、綺麗な夜空の下にいる彼女の胸に目がいってしまう。

 そして、とある衝動が私にはしる。

上をずっと見ている今なら、ゆっくり近づいて彼女の胸を堪能することができるのではないか、と。

私はそう思った瞬間、すぐに行動した。

 ゆっくり動き、彼女の後ろに回り込み、後ろから胸を鷲掴みに!

急にそんなことをされた雪柳さんは、


「きゃぁっ!」


と、大きな声で驚いた。

彼女の悲鳴をここで初めて聞いた。やはりというか、予想どうり可愛らしい悲鳴だった。とっさに私は彼女の口をおさえ、悲鳴を上げられないようにした。


「雪柳さん。いま悲鳴を上げたら大変なことになりますよ?」


そして、彼女の耳元でささやき、脅す。


「……んっ!は、はい!」


彼女は耳が弱いのか、ささやかれた瞬間にちょっと色気のある声が漏れた。

そのことを、知った私は彼女の耳に息を吹きかける。


「ひゃぁぁぁ!!」


雪柳さんは、また悲鳴をあげた。弱いところを刺激された影響で力が抜けたのか、私にもたれ掛かってくる。

 そして私は、とっさに雪柳さんの両手をつかみ、その両手を動かせないようににぎる。しかし雪柳さんは、力が入るようになったらしく、必死に抵抗をする。

だから私は、雪柳さんの耳に再度息をふきかけ、力を抜かせる。

 でも、雪柳さんもバカじゃないので3回目で、体をくねらせ同じ事をされないように耳を手で覆った。

同時に、雪柳さんは立ち上がり湯船から出て、逃げようとする。

でも私は、逃げようとする彼女を止めるべく、一番つかみやすい位置にあった横腹をつかんだ。


「ひゃん!」


私に横腹をつかまれた彼女は、びくっ、っと体を跳ね上がらせ可愛らしい声とともにしゃがみ込んだ。

どうやら横腹も弱いようだ。

でも私はさらに劣等感に浸ることとなった。

 そう、彼女はウエストは細いのだ。バストは太いのに……。ないすバディすぎる……。

でも、ほどよくぷにぷにしてて、細すぎるというわけではなかった。

で、でもまあ、私だってウエストは細いですし~。ば、バストは……、今は関係ないです!

 そんな彼女に嫉妬した私は、近くにあったタオルをつかみ、彼女の腕を後ろで交差させ、さっきつかんだタオルで彼女の腕を結んで手を動かせないようにした。

彼女はそれでも逃げようとしたが、私が先回りして逃げ場を無くしていく。

 そして、温泉にあるような露天風呂の湯船の端に追い込んだ。

彼女は少し涙目になりながら、


「や、やめてください……お願いします!」


と小声で懇願する。

どうやら、大きな声をだしたらまたひどいことをされると、思っているようだ。

 大きな動物におびえている小動物みたいな彼女を見て、ついに私にも罪悪感というものが生まれた。

だから私は謝る。


「ご、ごめんね?そんなつもりじゃなかったんだけど……」


「ど、どんなつもりだったん……ですか?」


雪柳さんはそのままの事を聞いてきた。


「えっと、それは……」


完全に引かれたなぁ。

 私は後悔と懺悔の気持ちでいっぱいだった。

理性を抑えられていなかった時は頭の中がいっぱいで、彼女をしっかりとみれていなかったが、改めて姿を見ると、なんというか、色っぽかった……。

 手を後ろで組まれているせいで、Cカップほどある胸は出っ張る形となりさらに強調され、濡れて湿った肌や髪の毛、細く綺麗な足がさらに色気を醸し出していた。

だからというかなんというか、私は急に謎の衝動に駆られた。


「あ、あの、雪柳さん!お願いがあります!」


私は湯の中で正座をし、改まってお願いをする。


「な、なんで……すか?」


「胸を揉ませてください!」


「えっと、え?」


「胸を揉ませてください!」


「い、いえ同じ事を2度言われても……」


「一生のお願いです!揉ませてくれたらタオルもほどいて自由にさせてあげますから!」


「で、でも……」


「お願いします雪柳様!」


「えっと、わ、わかりました」


「ありがとうございます!」


「確認ですけど、ほ、ほんとにもうこんなことやめてくれるんですよね?」


「はい、やめます!」


「じゃ、じゃあ、どうぞ……」


そう言って、彼女は私の方を向き、正座をして胸を少し前に出す。

 やけに、すんなり許可をしてくれたことに私は正直、驚いていた。


「では、遠慮なく。失礼します!」


私は、一言だけ断りをいれてから彼女の胸に手をつけた。




これが、雪柳さんの胸を揉むまでの出来事です。


「……ぁん!」


ちなみにまだ揉み続けてます。あと、くびれのあるお腹も時々さわったりしてます。

あ、分かりやすくたとえるなら、胸が主食で、お腹がおかずみたいな感じです。

 でも、私は長くお湯に浸かっているのと、目の前にあるおっきな胸への嫉妬と怒りで熱くなり、のぼせてきた。

また、雪柳さんの顔を見ると彼女の顔も赤くなっていることが分かった。

きっと、彼女ものぼせてきたのだろう。うん、そうとしか考えられない

 なぜか、目がうつろになってったり、下唇をかみしめたり、体をくねらせたりしているけど、その理由はよくわからない。


「も、もうそろそろ……やっ……やめていただき、ま、ませんか……?」


「あとちょっとだけ、お願い!」


「うわーん!」


 彼女は大きな声で叫んだ。

しかし、私は気にしないで続ける。


「お嬢様、雪柳様、長湯をしすぎでは……」


私が胸を揉んでいると、私と仲の良いEカップの使用人が入ってきた。

裸足スーツ姿で。


『あ……』


私と雪柳さんは同時に反応する。

そして、拘束されている雪柳さんと、彼女に迫っている私を交互に見て使用人は目を細めていう。


「……お嬢様、これはどういうことですか?」


「え、えっと……」


「お嬢様の言い訳は長くなりそうなので後で聞きます。とりあえず、お二人ともお風呂から出てください。ご主人様がいつまでたってもお風呂に入れません」


『はい……』


私たちはその言葉に従って、風呂から上がる。


「あ、雪柳様はこちらに来てください、タオルをほどいてあげます」


「あ、それは私がやる!」


「いえ、お嬢様は雪柳様になにをするか分からないので私がやります」


「なにもしないわよ!」


「雪柳様をこんな状態にさせておいて、よくそんな事がいえますね」


「うっ……」


こうして、雪柳さんは使用人の下へと駆け寄っていく。

妹を他人にとられた気分で、とても悲しかった。

 露天風呂から出て、とりあえず火照った体を少しでも冷ますため、足先だけに冷たい水をかけてお風呂から出た。

 脱衣所に行くと、私と雪柳さんのぶんの浴衣が用意されていた。


「雪柳様、今日はお泊まりをする許可を雪柳様のお母様からもらったので、お屋敷に泊まっていってください」


「ふぇ?」


熱さでもうろうとしているのか雪柳さんは変な返事をする。

 そうか~、雪柳さんのお母さんはやさしいな~……ん?ちょっと待って。ということは、


「え!?じゃ、じゃあ、雪柳さんは今日、家に泊まるって事!?」


「……そう言ってるじゃないですか、お嬢様。理解力、大事ですよ?」


「か、確認しただけよ!」


「うるさいですね、だから胸が小さく――――」


「ならないわよ!」


「そんな貧相な胸をさらけだしたまま言われても説得力無いですねぇ~」


「な、なに見てんのよ!」


「では、速く浴衣を着てください」


「着るわよ!」


「あ、雪柳様、お恥ずかしいところを見せてしまい申し訳ありません。雪柳様もお着替えください」


使用人は、私の反応を無視して雪柳さんに話しかける。

むぅ、私をバカにして……。


「で、でも下着が……」


そうだ、雪柳さんの下着が無いじゃないか。どうするんだろう。も、もしかして、私のを使う……のかな?もしそうだったらその下着、家宝にしよう。


「ご安心ください雪柳様。あ、お嬢様?」


「な、なに……?」


 私は、使用人に呼ばれた。

本当に私の下着を使うのかな?ど、どうしよう。嬉しいような恥ずかしいような……。


「そこにある籠をとってください」


「わ、わかったわ!」


私は籠をとり、使用人に渡す。

渡すときに、私は籠の中をのぞいた。しかし、そこには見たことのない白色の下着が入っていた。


「お二人がお風呂に入っている間に、雪柳様の服を全部洗濯し、下着はお風呂から出たときにすぐご使用できるように、衣類乾燥機にかけて乾かしておきました」


「そ、そうなんですか。あ、ありがとうございます」


 そういって、雪柳さんは深くお辞儀をする。まあ、バスタオルを体に巻いていたので胸はさほど気にならなかった。

しかし、私の下着を使うとばかり思っていたので、期待が大きくはずれて悲しくなる。

うぅ、家宝ができると思ってたのに……。


「お嬢様は、いつも浴衣を着ているので着方はわかりますよね?」


「あたりまえよ」


「さすがです。では、雪柳様は浴衣の着方、わかりますか?」


「えっと、こ、これ旅館によくあるやつですよね?」


「はい、そうです」


「えっと、ごめんなさい、わからないです……」


「そうですよね。では、失礼ながら私が着付けをさせていただきます」


「え、えと、ありがとうございます」


「え、ずるい!私が着せる!」


 急に、使用人が雪柳さんに浴衣を着せるとか言い始めた。

だから、羨ましくて私も立候補する。


「お嬢様はだめです。健全極まりない雪柳様を汚すわけにはいきません」


そう言って、使用人は雪柳さんを守るように横からハグをする。


「ふぁぁ!?」


急にハグをされた雪柳さんは顔を赤くして、間抜けな声を出す。

もう!なんて可愛い生き物なんだ!!

 しかし私は、使用人の言葉に納得できなかった。


「なに、私が健全じゃないとでも言いたいの?!」


「はい。先ほどの光景を見て、お嬢様は健全だ~、なんて言うことはできません」


「さっきはさっき!今は今なの!」


「なんですか、その訳の分からない言い訳は」


「とにかく、私が着付けする!」


「わかりました、お嬢様」


「え?ずいぶん素直ね。まあ、わかればいいのよ」


「ここは雪柳様に、どっちに着付けをしてもらいたいか選んでもらいましょう」


「なんでそうなるのよ!?」


「ん?なにかまずいことでもあるのですか?」


「な、ないわよ!いいわ、その勝負受けてあげる!」


「ということですが、いいですか雪柳様?」


「は、はい……?」


「ていうかあなた、いつまで雪柳さんにくっついてるの!?速く離れなさい!」


「は~い」


「は~い、じゃないわよ!」


「それでは、選んでもらいましょう」


「無視しないで反応ぐらいしてよ!」


「じゃ、じゃあ、その……」


ごくっ……。

雪柳さんが言葉を発するまでの数秒間、私と使用人は息をのむ。


「め……」


『め?』


私と使用人は同時に声を出す。


「めいどさんに、お、お願いします!」


「めいどさん?ということは……うわぁぁぁん!」


「ふっ、どうやら私の勝ちのようですね」


「そんなの認められないわ!」


「お嬢様、これが事実です。受け入れてください」


「いやよ!ね、ねぇ雪柳さん?」


そういいながら私は雪柳さんにゆっくり近づいていく。


「……んっ?!」


 しかし雪柳さんは、私が一歩踏み出したと同時に体を跳ね上がらせ、使用人の後ろに隠れてしまった。

そして、使用人の肩のあたりから鼻より上だけを出して、私の様子をうかがってくる。


「あ……あの……雪柳さん?」


「ほら、お嬢様のこと怖がってるじゃないですか」


「えっと、さっきは、ご、ごめんね……?」


 そういって、私はもう一歩前にでる。

すると、雪柳さんは使用人に後ろから抱きついて顔を隠してしまった。


「か、かわいすぎる……」


 使用人は雪柳さんの頭をなでながら小声で言う。

頭をなでられた雪柳さんは、顔を出し、ほっとしたような表情を見せる。

かわいいけど、悔しい気持ちでいっぱいだった。

これ以上なにかをすると使用人に雪柳さんをとれられそうな雰囲気だったので、


「こ、今回は雪柳さんを、お願いします……」


といって、後退する。


「お願いされなくても、そのつもりです」


これほど、使用人を恨んだことはない、というぐらい使用人を恨んだ。



 こうして、私は一人で、雪柳さんは使用人に着付けてもらって、着替え終わった。

そのとき、使用人がやけに雪柳さんにさわる回数が多かった気がしたが、私が言ってもさっきの件で言い返され、撃沈すると思ったので言わなかった。あと、雪柳さんにこれ以上に嫌われる気がしたから。

 そして着替え終わった私たちは脱衣所を出て、3人で私の部屋に向かうことにした――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る