緊張の春休み。(仮)

 私は試験日から合格発表までの期間のことを、

『緊張の春休み』と呼ぶようにした。

 ただたんに、合格するかどうかが心配で不安だから緊張している、という理由でつけただけの名前である。


「あー!どうしよう。合格するかどうか不安だなー……」


私は自室のベッドに横になり頭を抱えていた。


「ああぁ~……!」


「うるさい!静かにして!」


「ご、ごめん……」


 私の声は相当大きかったのかお母さんに怒られてしまった。

しかし私は、受験が終わったばかり。怒られて変わるような気分ではない。

普通の人なら、


受験終わったー!遊ぶぞ!


 的なノリで友達と遊ぶのだろう。しかし、私には友達が少ない。

一般人のように遊べるわけじゃなく、こうして一人、悩むしかないのだ。


「はぁー……」


 大きなため息をつく。

ため息の音が消えると同時に静まり返る部屋。

 そんな空気の中、ふと外から、自転車の走っていく音が聞こえた。

そして私はなぜか思う。


「そうだ、外に出たらいい気分転換になるかも」


唐突にそう思った私は、すぐに行動した。




 外に出た。

空は真っ青で、まるで夏のような日差しである。


「まだ3月半ばなのに、今日は少し暑いなぁ」


 そう思いスマホの温度計をみると、時刻は2時半、気温は24度。

3月にしては気温が高い。

 私はどこに行こうか考えた。

ただ散歩するだけでもいいかと思ったが、どこかに行った方が何か面白いことが起こりそうだと思ったから。

 でも、あまり遠くへは行きたくない。

近くて、何か面白いことが起こりそうで、気分転換になりそうな場所……。


「よし、公園に行こう」


 行き場を決めた私は、近くにある公園に向かうことにした。



 公園につくと、天気がいいからか、たくさんの小さな子供達や、家族連れの人たちであふれていた。

 私はブランコで一人、黄昏ていようかと思っていたが小さい子供たちが楽しそうに遊んでいるため、日陰のベンチに座ることにした。

 しかし、ベンチに目をやると一人の少女が座っていた。

その少女はつやのある黒髪である。しかし、下を向いているため顔がはっきり見えない……。

 でも、見た感じからしてきっと幼稚園児ぐらいだろう、と判断する。

その子はベンチの右側の方に座っていたため、私はベンチの左側に座ることにした。

 しかし、いざ座ってみると意外と距離が近く、人見知りの私はなぜか緊張してしまい、少し間隔をあけるためもう少し左に移動しようと思い移動する。

 だが、同時にその少女もこちらに移動してきた。私はその少女の行動に驚く。

私はもう少し左に移動した。すると少女はもっとこちらによって来る……。

私は、思い切って話しかけてみることにした。


「えっと……どうしたの?」


少女はその声に反応して初めて顔をあげた。


「あのね~、おねーちゃんからいいにおいがするの!あまーいかおり!」


かわいらしい声だ。しゃべり方からして本当に幼稚園児であろう。

しかし、甘い香り?何のことだろうか。


「そのみぎがわのポケットからするの~!」


「……ポケット?」


私はズボンのポケットを手で探る……。すると何かが手にあたった。


なんだろう?


取り出して確認してみると手に持っていたのはキャラメルだった。しかも、二つ。


「あ、思い出した。昨日私が食べようとしてポケットにいれたやつだ」


 私はパジャマを着ずに寝る癖があるので、そのままの服装で外出していた。

もちろん風呂は入っているよ?

ただお風呂から出ても外出するときのような服を着るだけ。

 キャラメルは、風呂から出た私が食べようと思ってポケットに入れておいたのだが、食べるのを忘れてそのままにしてしまっていたのだろう。


「いっこちょーだい?」


 少女は、首をかしげながら可愛く聞いてきた。


「え? いいよ。はいどうぞ~?」


「ありがとー!!」


 少女はもらえると聞いた途端、満面の笑みを浮かべた。

そして、私からキャラメルの袋をもらい開封し、食べ始めた。

かわいい……。

 私はそう思った。

あまりの可愛さに、その光景をずっと見ていた。そして、


「もういっこちょーだい?」


 と、また可愛くおねだりしてきた。


「いいよー」


「ほんと? やった~!」


また、同じ光景が見られると思うと、断ることはできない……。


「あ~んして~?」


「え?うん……」


「……いや?」


「え? 全然嫌じゃないよ?」


 嫌なわけがない。ただ周りの目が気になってしまったのだ。

こんな、幼い子にキャラメルを食べさせてあげている自分は、世間的に危ない人に見えないかと……。

 しかしそんな考えはすぐに消えた。

だって女だもん。

私と同い年の男性がやっていたらそのように見えるかもしれないけど、同性なら大丈夫なはず。


「……ほんとに?」


「うん。ほんとだよ~」


「やった!」


そういうと少女は口をあけた。


「はい。あ~ん」


 少女はキャラメルと一緒に私の指もくわえた。

しかし、少女は器用に舌でキャラメルだけを取り、何事もなかったかのようにまた、満面の笑みでキャラメルを食べ始める。

 やはり、かわいい……。

少女はキャラメルを食べ終えると私に、


「いっしょにあそ~ぼ~」


と言ってきた。私はすぐに、


「いいよ~一緒に遊ぼっか?」


 と答えて立ち上がる。

どうせ暇だし、やることないから遊んでもいいよね。

すると少女は、


「やった~!!」

 

 と、飛び跳ねながら喜んだ。


もう!この子の行動すべてが可愛い!!


 そういえば、この子の名前なんていうんだろう?

とりあえず、自己紹介でもしておこう。


「じゃぁまず、お名前を教えて? 私は、雪柳めぐみっていうの」


「ゆきなやぎ……めぐみ……?」


「ゆきなやぎじゃないよ? ゆきやなぎだよ~?」


「わかった!ゆきなやぎ!!」


「違うよ?ゆ・き・や・な・ぎだよ~」


「うん!ゆきなやぎ!」


「……まぁ、いっか」

 

 私は自信満々に言う少女の笑顔に負け、呼び方はなんでもいいと思った。


「じゃぁ、あなたのお名前は?」


「うん!ゆきなやぎ!!」


「えっと、お名前は?」


「ゆきなやぎ!!」


 少女は ゆきなやぎ に相当はまったのか、もうそれしか言ってくれなくなってしまった。


「まぁ、かわいいから許そう」


 小声でそういった。

でも、この子の保護者の方には確認を取っておいた方が良いよね?


「ねぇ、君のお母さんはどこかな?」


「いないよ~」


 この公園にはいないということかな?

まぁ、迎えに来てくれるまで遊ぼう。


「よーし、何してあそぼっか?」


「じゃぁ――――」


 私たちはたくさん遊んだ。

そしてこの時には、合格するかどうかという緊張なんてすでに忘れていた。

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