最初の勇気

ここみさん

第1話

雨の降る夜、僕は一人、街路樹の下で佇んでいた

そのとき、「きゃー!」という女性の悲鳴が響いた

携帯電話の天気予報の画面から顔を上げ、きょろきょろと辺りを見渡した

声が聞こえたのは、ここから少し先の路地裏。あまりよろしくない人たちがたむろしていると噂されている場所だ

時間も時間だし、明日にはやむとはいえ今は大雨、周りには僕しかいない

えぇ…これ僕が行かなくちゃダメかな、行かないとダメ系かな、助けに行くべきなのかな

だけど行ってどうするの?外で悲鳴を上げるなんて、よっぽどのことがその女性の身に降りかかっているはずだ。不良に襲われたりとか、雨で滑って交通事故に遭ったりとか、非科学的だがお化けが出たりとか

無理無理、非力な僕にはどっちが来ても対処できない。どころか、事態をさらに悪化させる自信すらある

悲鳴の聞こえた方を見ながら、しばらくの間(と言っても、十秒ちょっとだが)考えをめぐらして

「うん、僕は何も聞いてない」

力強く断言した

女性の悲鳴?HAHAHAこんな夜中に女性の悲鳴なんて近所迷惑なもの、聞こえるわけないだろ

空耳空耳、スカイイアー

そう自分を無理やり納得させ、その場から逃げるように足を動かした

三歩ほど歩いたあたりで

「きゃー!」

女性の悲鳴が聞こえた、否、聞こえた気がした

さっきの女性の悲鳴が耳に残り、脳裏にこべりついている

きゃー!、きゃー!、きゃー!

防犯ブザーのように、けたたましくこだまする

うるさい煩い五月蠅いウルサイ

僕に何ができるんだよ、自分を過大評価するな、現実に夢を見るな。何が起こっているにせよ、どうせ僕は主人公やヒーローじゃない、どこにでもいる通行人Kだ。そんなモブが自分の手に余る案件に首を突っ込んでみろ、通行人から野次馬にクラスチェンジするだけだぞ。そんなの、困っている側の人に失礼だ

何度も何度も頭の中に響く悲鳴を振り払いながら、再度歩みを進めようとした

自分に、これでよかったんだ、これが最善なんだ、と何回も言い聞かせながら

「キャッ!こっち来ないで」

うるさいな僕の良心。僕をそんなに野次馬にしたいのかよ。幻聴にバリエーションまで増やして

「…いや、これマジのやつだ」

それに気が付くと同時に、僕の足は動き出していた

その場から逃げるように立ち去るのではなく、声のした路地裏に向かって

自分でも吃驚だ、さっきまでつらつらいかない理由を考えていたのに、一声で体を支配されてしまった。まるで洗脳だ

だが、行かない理由を考えていた時よりも、僕の心は晴れやかだ、気持ちよく体が動く。あぁ僕って意外と足速いな

「大丈夫ですか!!」

叫ぶように、その路地裏に入ると同時に問いかけた

「あぅ、ああ、助け…て…」

水浸しになっている道路に制服でへたり込んでいる少女、脇にはピンクの可愛らしい傘が投げつけられたかのようにある

少女は今にも泣きそうな顔で、突然現れた僕を救世主のように見ている、それだけで並々ならない状態であることを物語っている

しかしそれだけだ、怖い不良も悲惨な事故もない

「どうしたんですか」

とりあえず駆け寄ろうとしたところ、傘の近くで何かが動いた気がした

暗くてよく見えないが、目を凝らしていと、何やら長くて鱗のようなものを備えている生き物が、うねうねと動いている

「これは、蛇か」

「へ、ヘ、蛇に…食べられる…お願いします…助けて」

僕は思わず吹き出しそうになった

少女の発言に対して、ではない。蓋を開けてみればこんなしょうもないことなのに、何をあんなに葛藤していたのか、という自分に対してだ

そりゃそうだ、現実にはそうそう不良に絡まれている少女や悲惨な交通事故、ましてやお化けなんてあるはずがない

「この蛇ですね、よっと」

雨に濡れて少し滑るが、問題なく蛇を少女から離れた場所に移せた。いろいろ気にする割には、こういう爬虫類はいける系の男子である

脇にある傘を拾いあげ、少女のもとへと近づいた

僕は小さな笑みを浮かべながら、傘を差しだした


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最初の勇気 ここみさん @kokomi3

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