第21話



 パチパチと小枝が炎の中で爆ぜる。巻き起こる熱風により、灰が空高く螺旋を描きながら吹き上げられていく。


 フフフフフ…………


 クスクス…………


 炎の回りを、ファタ達が笑いながら飛び回る。

「おい、邪魔だからどっかいけよ。火傷しても知らないぞ」


 フフフフフ……


 キャハハハ……


 小さな体に小さな胸。羽衣のような薄衣を纏ったファタは、カルトにじゃれつくように周囲を飛び回っていた。

 いくら細やかに作られたフィギュアでも、此処までは再現出来ないだろうと思われる美しい造形。全長三十センチほどの大きさのファタは、トンボを思わせる透明な羽を小刻みに振るわせながら、光の軌跡を残して空を飛んでいた。

 カルトは手にしたプリントに一瞥をくれると、それを燃えさかる炎の中に投げ入れた。一枚、二枚と手にしたプリントを次々と燃やしていく。

「庭で何をやっているのかと思ったら」

 背中にかけられた声に、カルトは「ちゃんと後始末はしますよ」と答えると、手にしたプリントを再び火にくべだした。

「家庭ゴミを燃やしちゃいけないって知ってるでしょう?」

 カルトの横に立ったセリスは、気まずそうな表情を浮かべて広い庭の向こうに見える隣家を見た。

「そういうの、気にする人ですっけ?」

「ご近所付き合いっていうのは大切なのよ。全く、昨今の日本人は、隣に誰が住んでいるのかさえ知らないんだから。信じられないわよ」

「付き合いが無くても生きていける便利な世の中になりましたからね。お金さえあれば、人と会話せずとも、家から一歩も出ないで暮らしていけますよ」

「生活は豊かになっても、心は貧しくなっていくのよ。心を豊かにすることが、難しいのよ」

 セリスの言葉に、カルトは小さく肩を竦めた。そして、手にしたプリントの束を、一気に火の中に投げ入れた。ボッと火の粉を巻き上げながら、炎が一段と高く燃え上がる。突然燃えさかった炎に、ファタは歓喜とも悲鳴とも付かない声を上げてどこかへ飛んで行ってしまった。

 広大なセリス邸の庭を守護する悪戯好きな妖精がいなくなり、場は一気に静まりかえった。パチパチと木が爆ぜる音が時折聞こえるだけだ。

 カルトは手にした棒で火を突きながら、小枝をくべた。

 炎に焼かれていくプリント。熱によりインクが瞬時に蒸発し、最後には炎に浸食されて灰になっていく。カルトは炎をボンヤリと見つめながら、ポツリと独り言のように呟いた。

「紫、放って置いて良いんですか? やっぱり俺がいきましょうか?」

「これはあの子の仕事よ。カルトの仕事じゃないわ」

「ですけど、アイツには、この手の仕事はまだ」

「早いって言いたいの?」

 足元に転がる枝を拾ったセリスは、ポキリと折るとそれを火の中に投げ入れる。足元から吹き上げる熱風にまかれ、セリスの長いブロンドの髪が放射状に広がる。

「昔の自分を見ているようで、イヤなのかしら?」

 セリスの言葉に、カルトは無言だ。ただ、整えられた柳眉は八の字になっている。

「いずれは通る道よ。それが、早いか遅いか、それだけの事よ」

 カルトは溜息を付くと、セリスを見た。鉄面皮というわけではないが、その顔からはいかなる感情も考えも読み取れない。炎に照らされる美しい顔は、笑っているようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。

「先生には、これから起こる出来事が見えているみたいですね」

 一陣の風が炎を大きく揺らす。目に届く熱風に、カルトは僅かに目を細めた。

「そう思うかしら?」

「ええ。今まで先生が俺たちに与えた仕事や試練で、間違っていたことはない。どんなに苦労しても、死にそうになっても、必ず道があった。その道さえ見つければ、先生が望む結末に辿り着けるようになっていた」

「知っているでしょう、カルト。私は未来視じゃないし、ましてや因果律を見極める事なんて不可能よ。湖面のように常にユラユラと揺らぐ未来を見通すなんて、尚更よ。でもね、私にも出来ることがあるの」

 また小枝を折り、セリスは炎の中に投げ入れる。

 カルトは炎に巻かれて燃えていく小枝を見つめた。

「貴方達を信じる事よ。だってそうでしょう? カルトも、大地も、紫も、私の弟子よ? 私があらゆる事を教えてきたのよ。貴方達の力がどのくらいで、どのように考えて行動するのか、予め予測は立てられるわ。私はね、誤っていたらヒントを出して、正しい道に修正をしてあげるだけ。それにね、導き出される答えは同じであったとしても、通る道によって真実は違う場合もあるの。今回の紫と、カルトのようにね」

「結果は同じだとしても、俺の視点で見るのと、紫の視点で見るのとでは、違う内容だと言うんですか?」

「そう言う事よ。大地が見れば、また違う答えを得られるでしょうし、麟世さんから見れば、また別の答えが導き出されるわ」

「紫は、大丈夫でしょうか?」

「心配は無用でしょう。あんな感じの子だけど、しなやかで柔軟で、それでいて決して折れることのない強固な芯を持っているわ。それが稲城紫よ」

「俺とは違うんですね」

 少し寂しそうに口元を歪ませるカルトに、セリスは「何を甘えたことを言ってるのよ」と、肘でカルトの脇腹を小突いた。

「私の中じゃ、今も昔もカルトが一番手のかかる子よ」

「…………」

 カルトは手にしたプリントに目を落とした。プリントにはいくつもの複雑な記号が合わさっている魔方陣が描かれている。カルトはつまらなそうに鼻を鳴らすと、それをそっと炎の中へ落とした。

 一瞬にして炎に飲み込まれ、灰になっていくプリント。灰の一欠片がフワリと浮かび上がると、温められた空気に乗って空高く上っていく。

 カルトは虚ろな眼差しで、すっかり日の暮れた星空へ灰が吸い込まれていくのを見つめていた。

 星空には大きな月が浮かんでいた。

 満月まで、後三日だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る