四章 好きになったらどうしよう??

第18話


 星雲雀学園の屋上には、麗らかな春の日差しが降り注いでいる。

 甘い花の香りを乗せて流れる風に前髪を揺らしながら、カルトはベンチに腰を下ろしミサンガを編んでいた。

 カルトの右手には、焼きそばパンをコーヒー牛乳で流し込む大地が座り、左手では麟世が手元を覗き込んでいる。

「ねえ、カルト君。それ、ミサンガでしょう?」

 白魚のように細く滑らかな指先には、赤、青、白、黒、黄色の糸が複雑に絡まりあっていた。日差しを受けて輝く糸は、恐らく魔法金属の一種だろう。テンポのずれた鼻歌を奏でながら、カルトは龍因子を注ぎ込みながら器用にミサンガを織り込んでいく。

「そうだよ」

「で? 誰にあげるの?」

 淡い期待を胸に麟世は尋ねてみる。今までカルトからプレゼントらしいプレゼントを麟世はもらったことはない。まあ、彼氏彼女の間ではないから、当然と言えば当然かも知れないが。先月のホワイトデーのお返しも、近所のデパートで購入した飴の詰め合わせだった。もらえるだけで満足。そう思っていた麟世だったのだが、カルトは同じ物をセリスと紫、そしてアルルーナの店主にもプレゼントしていたのだ。

(あれ、明らかに、義理よね……)

 正直言って、ショックを受けた。直接カルトの口から聞いたわけではないが、カルトにとって、麟世はその他大勢の友人の一人と言う事なのだろうか。こう見えても、麟世は先輩後輩、同級生からひっきりなしに告白される。去年の年末に行われたミスコンでも、強豪を抑えて優勝した。間接的にとはいえ、麟世がこれ程までにアプローチを掛けているというのに、それらしい素振り一つ見せないのは、女としての沽券、プライドに関わる。

「もしかして、私にくれるとか?」

 日常会話での些細な一言。だが、麟世にとっては、自分の気持ちをそれとなく伝えられる一言。大地は麟世の言葉の真意を敏感に感じ取ったのか、笑いを堪えてカルトを見ている。

「ん~……」

 カルトは小首を傾げながら、黙々とミサンガを編み上げている。

「いや、麟ちゃんのじゃない。これは、他の人のだよ」

 ミサンガを編み上げたカルトは、それを大地に手渡す。大地は「プッ」と吹き出しながらも、麟世を見ないようにしてミサンガを握りしめた。笑っているのだろう、大地の肩が小刻みに上下している。

 麟世は唇を尖らせて、カルトに詰め寄る。一体、魔法金属で作られているミサンガを誰にあげるというのだろうか。プレゼントにしては、あまりにも高価すぎる。

「これはね、火野先輩のだ」

 カルトは分厚い眼鏡を掛けて涼しい顔をこちらに向けた。

「火野……先輩の……?」

 学校にいる時、彼は分厚い眼鏡を掛け前髪を庇のように下ろしている。眼鏡を外した素顔は息を飲むほど美しいというのに、カルトは素顔を学校の皆に晒すことを極力嫌っていた。もっとも、麟世としてはこうして素顔を隠してくれていた方が、おかしな虫が付かず安心だ。

「そ、火野先輩の力を押さえる。その術式を」

 カルトは大地の手元に目をやる。

「ボクが入れる。とは言っても、押さえられるのは三日間だけだけどな」

 クルクルと指先で回したミサンガを、大地はカルトに渡す。ほんの数秒で、大地はミサンガに強力な結界を組み込んでいた。ゾッとするほど強力な封印式。それが、姿を隠すようにミサンガの中に溶け込んでいく。

「三日間……?」

 カルト達は、何を言っているのだろうか。断片的な情報しか得られない麟世には、意味が分からない。

「麟ちゃんは知らないんだっけね」

「ん~、紫ちゃんが火野先輩と付き合うことになったって言うのは、昨日本人からの電話で知ったけど?」

 それとミサンガ、三日間というワードが、どんな関係があるのだろう。

「火野雪路、アイツは悪魔だ」

 大地が吐き捨てるように言った。

「は? 火野先輩が、悪魔?」

 「嘘でしょう?」と呟くように言った麟世だが、カルトと大地の険しい表情が真実だと物語っていた。

「だって火野先輩は……、悪魔の夢を見るって……、紫ちゃんに協力していたはずじゃ……」

 上手く言葉が纏まらない。去年の夏、麟世は雪路から告白された。もちろん、麟世は断ったが、その雪路が悪魔だったとは。ハンターとしての心得がある麟世は、全く気がついていなかった。

「まあ、驚くのも無理はない。実際、ボクだって気がつかなかったんだからな。この学校には、幾重にも結界が張ってあるんだけど、その全てを素通りし、尚かつボクとカルトに気配は疎かその存在自体を悟らせない。潜伏成長型だとしても、かなり隠れるのが上手い相手だ」

「隠れている、と言うのは少し違うかもね」

 大地の言葉尻をとらえ、カルトが付け加える。

「潜伏成長型の悪魔は、外見と気配を人に似せて生活しているけど、火野先輩は違う。火野先輩は、紛れもなく人間だ。ただ、その体の中に悪魔が潜んでいる。俺たちは悪魔の龍因子を感じ取ってその存在を知るけど、今回のケースは違うんだ」

「違うって、どういう事?」

 大地から受け取ったミサンガを確かめるように、カルトは指先でそっと撫でる。

「火野先輩は火野先輩の人格があって、悪魔には悪魔の人格がある。一つの体に、二つの魂が共存しているんだよ。だから、火野先輩が表に出ている時は、悪魔の気配は一切感じない」

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