第15話



 第三種生命体は紫の存在に気がつかず、飛ぶようにして深夜の住宅街を走った。紫は気配を消しながら第三種生命体の後を追う。ヘタに攻撃を仕掛けて、ここで取り逃がしてしまったら元も子もない。

 第三種生命体は、屋根の上に立つと動きを止めて周囲を見渡した。

(やばぁ~……! 見つかったかしら?)

 羽衣状にしていたカーディナルを手元に集めると、それを長銃に変化させる。距離にして五十メートルと言ったところ。若干距離はあるが、命中させれば大ダメージを与えることが出来る。本来ならば、カーディナルではなくスペルを使いたいところだったが、ここで声を張り上げるわけにもいかないだろう。

(スペルマスターって厄介よね~。相手が殺る気なら問題ないけど、相手が逃げようとすると、途端に使えない技能になるわね)

 息を詰め、カーディナルの切っ先を第三種生命体へ向ける。

 雪路が言ったとおり、第三種生命体は背中にマントのような翼を背負っていたが、飛ぶ事は出来ないようだ。手足は長く、指にはナイフのように鋭い爪が伸びている。細身でひょろりとした体。その体から発せられる龍因子は、第三種生命体独特の邪悪さと臭気を持ち合わせていた。

(この感じ、聖霊でも妖魔でも妖怪でもない、悪魔ね……)

 ブルブルと背中の翼を振るわせる悪魔。悪魔はキョロキョロと周囲を見渡すと、こちらを向いた。

 少しずつカーディナルに溜めていた龍因子。もし、相手がこちらに気づいた素振りを一瞬でも見せたなら、龍因子の弾丸を放つしかない。

 壁の影に隠れた紫は、ゴクリと唾を飲み込んだ。ピリピリとした緊張感が住宅街に漂っていた。恐らく、悪魔はこちらの気配を感じ取っていなくとも、周囲に流れる緊張感や殺気を感じているのだろう。紫は気配を消すことが出来ても、先走る感情を制御するには、ままだまだ未熟だった。

 その時、フッと悪魔の姿が消えた。屋根の上から降りたのだ。

 逸る気持ちを抑え、小さな体に押さえ込み、紫は後を追う。


 キャアァァーーー!


 女性の悲鳴が静寂を切り裂いた。相手は、どうやら獲物を見つけたようだ。そして、紫も獲物を捕らえたと心の中でガッツポーズをした。

 悪魔の消えた家の裏に回ると、若い女性が路上に倒れていた。悪魔は、腕を振り上げて女性の前に立っている。

 悪魔は目の前の女性に気を取られており、背後に紫が現れたことに気がついていなかった。振り上げた腕に向け、カーディナルに溜めた龍因子を放つ。音もなく、緑色の閃光が闇を切り裂いた。小さな炸裂音と共に、悪魔の右腕が宙に舞った。

「それ以上は!」

 悪魔が紫の存在に気がついた。しかし、すでに時は遅かった。カーディナルで龍因子の弾丸を放った紫は、すぐに地を蹴り悪魔との距離を縮めていた。

 体重と突撃の速度を乗せたカーディナルが、悪魔の胸板を貫く。確かな手応え。しかし、右手を失い、更に胸を貫かれてなお悪魔は抵抗を見せた。

 振り上げた左腕が紫の顔面目掛けて振り下ろされる。

 紫は僅かに頭を下げると、悪魔の攻撃をやり過ごした。手にしていたカーディナルを破棄し、右半身を半歩後ろに下げる。

「フルフル!」

 左腕を素早く走らせ、中空にソロモンの印象を描き出す。ソロモンの霊の一人、フルフルの印象が虚空に輝いた直後、印象から火球が発生し悪魔の体に炸裂した。

 爆風と爆音が狭い路地に広がり、逃げ場のない衝撃波が周囲の壁を粉微塵に粉砕した。

 紫の足元には女性が倒れていた。水商売でもしているのだろう。高そうなブランド物のスーツにバック、ファンデーションと香水の強い香りが周囲に漂っている。紫の纏う簡易結界で大半の爆風を相殺したとはいえ、女性の髪は若干焼け焦げ、服もボロボロになってしまった。とはいえ、悪魔に襲われて死ぬよりは遙かにマシだろう。

 気を失っている女性をそのままに、紫は悠然と悪魔に歩み寄る。悪魔の体に突き刺したカーディナルは、先ほどの爆発で悪魔の体から落ちていた。紫が爪先でカーディナルに触れると、カーディナルは長銃から一枚の白い布へと変化し、フワリと宙に浮かび腕に巻き付いた。

「フフ、どうよカルト! これであたしも一人前よ。まあ、派手には決められなかったけど、それは次の機会って事で♪」

 左腕に龍因子を集中させる。掲げた左腕から、緑色のオーラが立ち上った。

「雹陣晶」

 紫のイメージを汲み取り、溢れ出る龍因子が白い結晶へと変化した。左腕に生じた冷気の塊は、凄まじい早さで紫の周囲を白く染め上げていく。軋みを上げながらアスファルトが凍り、空気中の水分が凍てつきサラサラと粉になって落ちてく。

 瓦礫の中に悪魔は倒れていた。小さな顔には、赤く輝く狡猾そうな瞳。逆三角形の小さな頭は、カマキリなどの昆虫を連想させる。体は硬い鱗に覆われていたが、肩から背中に掛けて長い毛で覆われている。失った右腕はすでに再生を始めており、あと少しで元に戻ってしまうだろう。

「さ、終わりよ」

 紫は触れる物全てを凍らせる雹陣晶を、悪魔に向けて放った。

 これで、紫の初めての仕事は無事に終わる。カルトや大地にも、胸を張って自分がハンターだと言う事が出来る。少しばかり道路と民家を破壊してしまったが、まずまずの成果だろう。百点満点とはいかないだろうが、セリスから及第点はもらえるはずだ。

 雹陣晶が悪魔に着弾した。この一撃で、全てが終わるはずだった。しかし、悪魔は背景の瓦礫に溶け込むようにして消えていった。呆気にとられる紫だが、すぐに気配を追った。どんなトリックを使ったのか分からないが、悪魔は壁の崩れた民家の裏手から逃げているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る