三章 あたし、告白されるの初めてなんですけど!
第14話
「見つけた……!」
雪路の住むアパートの周辺を張っていた紫は、雪路が指摘したとおり、不審な人物を発見した。
雪路がベランダに出た時、民家の影に生じていた闇が動いた。今までは気配を消されていて分からなかったが、雪路の出現に合わせて、僅かな気配を生じさせた。ほんの微かな気配。その気配は、小動物のように小さな物だったが、紫が探知するには十分すぎた。
紫の動きに気がついたのか、それとも、雪路に気がつかれたからなのか、その人物は闇に紛れるように逃げ出した。
トレンチコートの裾を靡かせて紫は駆けた。
「逃がさないわよ!」
紫と対象の距離はドンドン縮まっていく。紫が角を曲がった時、その人物はすぐ手前の脇道に入った。後数秒で追いつける。角を曲がった瞬間、突然生じた気配に腕を掴まれた。
「ッ!」
咄嗟に紫は拳を突き出していた。しかし、その人物は紫の拳を軽々といなすと、口を押さえて足を払ってきた。
(強い……!)
瞬時に紫は相手の力量を把握した。不意を喰らったとは言え、相手は紫の攻撃を躱し、更にこちらを組み伏せてきた。相手を殺す気で行かなければ、こちらがやられるかも知れない。
押さえ込まれそうになる紫は、払われた足を振り上げて相手の後頭部を狙った。しかし、紫の動きを読んでいたかのように、その人物は振り上げた足をもう一本の手で払い除けた。
「おい! 俺だ!」
アスファルトに転がった紫は、闇からひょっこりと顔を覗かせた人物を見て「あっ!」と素っ頓狂な声を出してしまった。月光に照らされた人物、それはカルトだった。
「カルト、どうして此処に? って、いま怪しい奴がいたの! 追わなきゃ!」
「怪しい奴?」
カルトは自分が来た道を振り返った。真っ直ぐに伸びる道に、人影は疎か猫の子一匹見あたらない。頬をポリポリと掻きながら、「そんな奴は見かけなかったけど」とカルトは答えた。
「えっ?だって、さっきそこを曲がったのに………!」
まさか、カルトがあの人物か? 一瞬、紫の脳裏にそんな考えが浮かんだ。紫の依頼を心配したカルトが、見に来たのかも知れない。しかし、だとしたら逃げる必要はない。それに、カルトが逃げたとしたら、紫が追いつけるはずはないし、雪路を見て気配を生じさせるとも思えない。
「それよりも何だよ、その格好」
手を差し伸べてきたカルト。温かい手を握ると、グイッと体が冷えたアスファルトから引き上げられた。
「何を言ってるのよ~。だって、張り込みって言ったら、カーキ色のトレンチコートにハンチング、それに」
紫はクイクイッとサングラスを中指で押し上げた。
「サングラスでしょう~」
「怪しい人物って、お前の事じゃないよな?」
ヤレヤレといった感じでカルトは呟く。
「それよりも、腹減ったろ。ホレ、差し入れ」
カルトはコンビニの袋に入ったお弁当を掲げて見せた。時刻は午前二時を回ろうとしている。夕食を摂っていない紫の体は、エネルギーを欲していた。
「ああ~! お弁当だ~。もしかして、アンパンと牛乳?」
喜ぶ紫。その時、紫の下腹部で大きな腹時計が鳴った。
「あ~……、あんパンが空っぽの胃袋に浸みるわ~」
「で、火野先輩の様子はどう?」
カルトは弁当を突きながら尋ねる。
「どうって? 別に普通よ? 私は火野さんをマークしてるわけじゃないしね」
キイッと錆び付いたブランコを鳴らして紫は答える。
深夜を回った人気のない公園。どこの住宅街にもある小さな公園だ。公園を囲むように植えられた桜の木は、今は八分咲きと言ったところだ。月光に照らされた桜の花は蒼く、氷のように冷たい雰囲気を見る者に与えた。
この公園の遊具はブランコとシーソー、園内の片隅に砂場があるだけ。昼間になれば近所の子供達で賑わうのだろうが、夜はポツンとライトが一つ、物寂しく灯っている。
この公園から北に見える住宅がある。その裏側に、雪路の住むアパートがある。紫はそちらの方を見やった。
雪路の言ったとおり、怪しい人物はいた。またしても取り逃がしてしまったが、それでも収穫はあった。相手は第三種生命体ではなく人間だ。となれば、あの人間が第三種生命体を使役しているのだろうか。
この間、紫が取り逃がした第三種生命体。あれは確かに忽然と消えたが。召喚をした第三種生命体だとすれば、それも可能だ。しかし、妖魔攻撃隊もセリスも、相手は人間ではなく、潜伏成長型の第三種生命体だと言っていた。紫も、相手の気配や動きを感じた時、間違いなく敵は自我を持っていて動いていると感じていた。
「う~ん、話が食い違ってくるわね~」
カルトの言っていた通り、ハッキリしない、スッキリしない。隣に座る兄弟子は、一体どのように考えているのだろうか。紫は牛乳を口に含みながら横を見た。そして、牛乳を吹き出してしまった。
「ちょっとぉ~~~!」
「ん?」
温かいお茶を飲みながら、カルトは仁王立ちした紫を見上げる。
「ん? じゃないわよ~! なんでアンタが特性デミグラスハンバーク弁当で、私があんパンとパック牛乳なのよ! 普通、逆でしょう、逆ぅ~~! しかも、あたしがハンバーグ好きだって知っていてワザと買ってきたでしょう?」
「だって、お前は格好から入るタイプだろう? 張り込みの定番と言えば、あんパンと牛乳じゃないか。事実、あんパンと牛乳に飛びついたのはお前だぜ?」
「うっ……! それとこれとは話が別よ! あたしは成長期なのよ! もし、これ以上胸が大きくならなかったら、一生恨むんだからね!」
叫んだ紫は、カルトの手からお弁当と箸を取り上げると、食べかけのあんパンをカルトの口に押し込んだ。
「ったく! 人が折角親切で見に来てやったってのに」
「だからぁ~、問題ないわよ~。明日学校なんだから、早く帰って寝たら? 明日も補習なんでしょう?」
「そうだけどさ……」
紫は大口を開けてハンバーグを押し込む。甘いデミグラスソースが口の中に広がる。ゆっくり味わって咀嚼し、ゴクリと飲み込む。温かいお茶を飲んでホッと息をつくと、疲労と襲ってきた眠気が吹き飛ぶようだ。
「はぁ~~~、生き返るわ~」
だらりと脱力した紫。瞳を閉じ、緩やかな風に身を任せる。足を地から浮かせると、キィッと微かな音を立ててブランコが揺れる。
感覚を研ぎ澄ませると、風に揺れる小さな桜の花ビラの動きさえ感じ取れるようだ。感じ取れる生物の動きは、横に居るカルトだけ。周囲に住む人達は皆眠りについており、ペットの犬や猫も丸くなって寝ている。
静かな街。今日は第三種生命体も出ないのではないか。そう思った矢先、静かな湖面のように凪いでいた感覚に、不協和音とも言える波紋が広がった。
昨夜感じた第三種生命体と全く同じ気配。現れた場所も、すぐ近く、雪路の住むアパートの近くだ。
「出た!」
立ち上がった紫は、手にしたお弁当をカルトに渡す。
「あたしが行くからね!カルトは手出ししないで帰って寝てて!」
「分かってるよ」
ヒラヒラと手を振るカルト。どうやら、カルトは首を突っ込む意志はないようだ。いや、今日のカルトはグレモリーと戦い龍因子の殆どを使い切ってしまったのだろう。動きたくても動けないのだ。
紫は纏っていたトレンチコートとハンチングをカーディナルに変化させる。トレンチコートの下からは、いつもの仕事着が現れた。
敵との距離はほんの数十メートル。紫は気配を消しながら目標へ向かっていった。
「頑張れよ、紫」
紫が公園を出て程なくして、カルトの気配が公園から動いたのが分かったが、それ以上、彼の気配を追わなかった。紫の意識は、街に解き放たれた第三種生命体だけを追っていた。
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