第12話

「どう?何か分かったかしら?」

 面白そうに口を綻ばせたセリスが問いかける。博識強記、そして慧眼の士であるセリスは、グレモリーの答えともヒントとも取れる言葉だけで全てを理解したようだった。

「う~ん…………、近く、近くね~」

 カルトは紫の頭をポンポンと叩く。

「ちょっとぉ~! あたしは妖術の暴露なんて本知らないわよ! それに、その手の本なら、隣の書庫にあるんじゃないの?」

 紫は荒々しくカルトの手を払い除けた。もしかすると、カルトも先ほどの言葉である程度の事は把握したのかも知れない。しかし、紫には分からない。カルトがどんな経緯で妖術の暴露を探しているかも知らないのだ。分かるわけがない。

「それとは別の物が出回ってるんだよ。この近辺でね」

 肩を竦めたカルトは、「シャワー浴びてきます」とセリスに告げる。

「どうぞお先に! でね、先生、さっき面白い人に会ったんだけど、少し相談に乗ってくれないかしら?」

 セリスが口を開くよりも先に、紫の背中にカルトの言葉が投げかけられた。

「紫、折角だ、俺も相談に乗ってやるよ。シャワー浴びるまで待ってろ」

「はぁ~っ? なんでアンタがそこで出てくるのよ! これは私の仕事なんだからね!」

 訓練室から出ようとしているカルトの背中に叫んだ。

「お前の仕事でも、失敗したら俺と大地まで罰を受けるんだよ! だから、アドバイスくらいしてやるって言うんだよ」

 ヒラヒラと手を振ったカルトは、訓練室から出て行った。

「もう! カルトったらお節介なんだから!」

 ドンッと床を踏みならした紫に、麟世は「カルト君は紫ちゃんが心配なのよ」と、諭すように囁いた。



 紫は昼間起きた出来事を話し終えると、中天に浮かぶ月を見上げた。

「すると、紫は火野雪路先輩の話が本当かどうか、知りたいって事か?」

「そうなのよね~。話が上手すぎると思わない?」

 セリス邸のサロンには、紫、カルト、麟世、セリスの四人が好きな場所に座ってくつろいでいた。

 紫は床に置いたビーズクッションに体を埋め、ガラス張りの天井から望む星空を見上げている。カルトと麟世は木製のロッキングチェアに腰を下ろし、ユラリユラリと揺れている。セリスは一人掛けのソファーに座り、優雅にお茶を飲んでいた。

「まあ、その話、乗ってみるのも悪くないかもね」

「やっぱり、先生もそう思う~?」

 紫は首を後ろに倒すようにしてセリスを見る。反転した視界の中で、セリスは口元に笑みを浮かべた。視界の隅では、難しい表情を浮かべているカルトがいるが、最初からカルトの話を聞くつもりは毛頭無い。そもそも、セリスのお仕置きが待っているからと言って、カルトがしゃしゃり出てくるのはおかしいのだ。兄弟子なら兄弟子らしく、どっしり構えて罰を受ければいいのだ。

「カルト君はどう思うの?」

 浮かない表情を浮かべるカルトを気遣ってか、麟世が尋ねる。余計な事をと思ったが、麟世にそんな事を言うわけにもいかない。紫は小さく舌打ちしながらも、カルトをジロリと睨み付ける。兄弟子は口元に手を当てると、確認するようにセリスを伺い、麟世、そして紫へと目を向ける。

「話が見てこない……」

 呟くカルトに、紫は体を反転させる。逆さまに写っていたカルトが元の位置に戻った。

「見えてこないって? 私には分かったわよ。火野先輩が第三種生命体の夢を見るんでしょう? 彼の見た映像は、最近市内で起こっている事件とほぼ一致する。火野先輩が第三種生命体と何らかの関わりがあるのは確かなんじゃないかな? 話を聞いた限り、私たちの味方だとは思うけど」

「そ~そ~、麟世姉様の言う通りよ! 火野さんはいい人よ」

「うん。誠実そうな人よね」

 そこまで言って、麟世はハッと口を噤んだ。

「ん? 麟ちゃん、火野先輩を知っているの? もしかして、学校じゃ有名な人?」

「あ、ええ……。いや、そんなに目立つ人じゃないかな……。でも、私は知ってるのよ。あの、ほら、親友の恵が前に振られたのよ。私も、その時一所に居たから憶えてるの」

 乾いた笑いをした麟世は、紫とカルトの視線から逃れるように、ギィッとロッキングチェアを大きく揺らした。

 カルトは「ふ~ん」と答えただけで、たいした興味を抱いていないようだ。「興味がないなら聞くんじゃないわよ」と、紫は一人ごちた。

「だけどさ、紫。やっぱりハッキリしないんだよな。なんて言うのかな、話の大筋は分かるんだけど、何かしっくりと来ないんだ。何がしっくりと来ないのか、分からないんだけどさ。例えるなら、メチャメチャ濃いいラーメンを食べても、何味だか分からない。そんな感じだ」

「ラーメン? カルト、そんなラーメンあるわけ無いでしょう?」

「あるんだよ、それが。今度連れてってやるよ。ちなみに、俺は酢と醤油を入れまくって食べたけどな」

「もういいわよ。突然ラーメンの話なんか出してきて。ホント、訳分からないわアンタ」

 紫はビーズクッションから体を起こす。

「兎に角、私はこれから張り込みをするわよ! 今度こそ、絶対に第三種生命体を逃がさないんだから! それに、火野さんが見たって言う不審人物も気になるし」

「一人で平気か?」

「だぁ~かぁ~らぁ~! 今回、カルトの出番は無いっていってるでしょう? カルトの出番は、グレモリーを倒して終了なの! 後は私の出番よ」

 紫はセリス邸にある自室に戻ると、制服から仕事着に着替え、夜の街へと飛び出した。

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