第11話
「せんせ~~~! カルト~? だいちぃ~!」
人気のないセリス邸を一通り見て回った紫は、リビングのテーブルに置かれた卓上カレンダーを見て「あっ、そっか」と納得した。確か、カルトがソロモンの霊と契約をすると言っていた。皆は、地下の訓練室にいるのだろう。
「カルトの奴、ボコボコにされてれば面白いのに」
クスクスと笑いながら、紫は訓練室へ向かった。
訓練室に入った紫は、思わず入口で立ち尽くしてしまった。目の前には、一瘤駱駝に乗ったエキゾチックな美女。セリスとも麟世とも違う、絵の中から抜け出したような容姿。人の持つそれとは違う、さめざめとした美しさだった。駱駝の足元に輝く印象を見て、それがグレモリーだと分かった。
「あら、紫、おかえりなさい?」
結界の外に立っていたセリスが、紫に気づいた。
「うん……、カルトは?」
結界の中に居るグレモリーからは、気配は疎か微かな龍因子さえ感じられない。セリスの張った青い結界が、すべてをシャットアウトしているのだろう。しかし、グレモリーが放つ威圧感は凄まじい物で、これが結界の外にいたならば、恐らく一歩も動く事は出来ないだろう。それほどの実力の差を、紫は一目で実感した。
「カルト君なら無事よ」
「ふ~ん、勝ったんだ」
紫は麟世の横に立つと、グレモリーの前に立つカルトを見た。普段は怪我一つ負わないカルト。すでに傷は癒されているようだったが、白い仕事着には赤い血がベットリと付いている。やはり、カルトといえど一筋縄ではいかなかったようだ。
ざまあみろと思う反面、また差が開いてしまったと拳を握りしめる。対抗しているわけではないが、目標との差が開いていくばかりでは、やはり面白くない。
次々と仕事をこなし、そして強くなっていく兄弟子。それに比べ、自分は三度依頼に失敗している。セリスのお仕置きは確かに怖いが、それ以上に失敗した時の事が怖い。紫が失敗すると言う事は、誰かが死ぬという事なのだから。
「紫ちゃん、仕事は順調?」
麟世の問いかけに、紫は眉尻を下げた。紫が失敗する度にメールをくれたり、アルルーナで愚痴を聞いてくれる麟世。まだ付き合いは浅いが、いつしか紫にとって麟世は姉のような頼れる存在になっていた。
「麟世姉様~…。順調……とは言えないわよ~」
「大丈夫。いつもの訓練みたいにやれば、きっと成功するわよ」
紫の言葉に麟世は微笑む。この木漏れ日のような優しい笑顔に、紫は何度も救われてきた。恐らく、カルトの心もこの笑顔によって救われたのだろう。
「さあ、カルト、グレモリーに聞きたい事を尋ねなさい」
セリスの言葉に、紫と麟世はカルトに注目する。
カルトは、やや緊張した面持ちでグレモリーに近づいた。もし、契約が失敗していたなら、この瞬間にカルトの首が飛んでもおかしくはない。
グレモリーは涼しい眼差しでカルトを見下ろしている。どうやら、グレモリーにカルトを攻撃する意志はないようだ。
「何なりと……」
グレモリーが口を開いた。口から発せられたのは、キーキーとした甲高い奇声。しかし、言葉は頭の中に直接響いてくる。頭の中を掻き回されるような、不快な感覚に紫は顔をしかめた。隣にいる麟世も、苦しそうに唇を噛み締め、目を細めている。
「グレモリー、お前に尋ねたい事がある」
カルトはそう切り出すと、チラリとセリスを見た。カルトの眼差しを受け、セリスは頷いた。
「『妖術の暴露』、それが最近出回って困っている。写本の在処を知っているか? それを持っている人物でも良い」
カルトの問いに、グレモリーは小さく首を傾げた。そして、ゆっくりとその顔がこちらに向けられた。グレモリーの視線の先にいる人物、それは麟世ではなく紫だ。
「…………」
グレモリーの静かな眼差しを受けた紫は、知らずの内に一歩後退していた。
「貴方の望む物は、すぐ近くにあります」
グレモリーはそれだけを言うと、何の前触れもなくフッと虚空に消えた。グレモリーの消失と共に、光っていたソロモンの印象も力を失い消えていった。
暫く、グレモリーが消えていった場所を見つめていたカルトは、長い溜息を一つつくと、ポリポリと頭を掻きながらこちらへ来た。
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