第10話



「………それって、本当なんですか?」

 八畳一間のアパート。畳張りの部屋は小綺麗に整理されており、紫が抱いていた男子高校生の一人暮らしの部屋とは様子が違っていた。

 東の壁には大きな本棚が置いてあり、そこには様々な本が並べられていた。見ると、マンガなどは一切無い。紫とは無縁の小難しい小説や辞典ばかりだ。昨日、大切そうに抱きかかえていた本も並んでいた。南側に吐き出しの窓があり、西の壁には小さな箪笥が一棹。その横には布団が畳まれていた。

 青年、火野雪路はカラになったコップにコーヒーを注いだ。

 リビングと続いている台所には、小さな食器棚と冷蔵庫が一つ並んでいる。シンクには洗い物など置いておらず、使用した形跡は見あたらない。恐らく、外食がメインなのだろう。

「何人もの人が第三種生命体に殺された。俺は、その映像を見てきた。この近くにいるんだろう?」

 雪路の声は震えていた。どこか、落ち着きがないのは、第三種生命体が恐ろしいからだろうか、それとも、紫が正面にいるからなのだろうか。可愛い女子高生と狭い部屋にいるのだ、緊張しない方がおかしいのかも知れない。

 紫はクスリと笑うが、すぐに口持ちを引き締めると、一つ神妙に頷く。

「ええ、この辺りに潜伏していると思います」

 普段のように間延びした口調ではない。ハンターとして、少しは威厳のあるところを見せておかなければいけない。

 「それで」と繋いだ紫は、コーヒーで喉を湿らせると話を続けた。

「貴方の話してくれた内容を、是非とも詳しく聞きたいわ」

「何を聞きたいんです?」

「もっと詳しく聞きたいの。第三種生命体の容姿とか、どうやってターゲットを見つけているのかとか」

 小さな丸テーブルに身を乗り出す紫。日も陰り、暗くなった室内に虹色のメッシュがキラキラと輝いてる。

「そんな事を言われても」

 雪路は口籠もる。綺麗に整えられた眉が、困ったようにへの字になる。紫の表情とは対照的に、雪所の表情は曇っている。彼は、自分の持つ能力に困惑しているのだろうか。

 紫の熱い視線に負けたかのように顔を背ける。雪路は立ち上がると、南の掃き出し窓に近づいた。カラカラと乾いた音を立て、窓が開けられる。

 雪路の背中を、紫は黙って見つめた。

 冷たい風が室内に流れ込んでくる。

 微かな音を立て紫の髪が流れる。

 春風に花の香りが漂っていた。

 小さな声で、雪路は答えた。

「アイツの姿は、昨日、初めて見た。ミラーに映っていたんだ、アイツの体が」

 紫は目を細め、雪路の声に耳を欹てる。

「姿形は……、マントを身につけていた……いや、翼か。暗くてよく分からないけど、翼が背中にあった。そして、細くて長い手足。顔は小さくて、ワニや蛇などの爬虫類に似ていて、瞳のない赤い目を爛々と輝かせていた」

 所々言葉を止めながら、雪路は記憶の中から第三種生命体の映像を思い浮かべているようだ。

「他に、何か特徴は? 何でも良いわよ、手がかりになるような物なら、些細な事でも」

 紫は立ち上がる。雪路の元へ向かおうとした時、雪路がスッと体を室内に戻した。振り返る彼の顔は影になりよく見えないが、彼が酷く驚いているのが分かった。

「最近……、不審な人物を見かける事がある」

「不審な人物?」

 紫は掃き出し窓から外を見る。

 すでに夕日が落ちた空には、星がきらめいている。満月になりきれない中途半端な月が、ポツンと浮かんでいた。

 月明かりが落ちる住宅街に、不審な人物は見受けられない。

「ここ数日、不審な人間がいる。何度か見た事があるんだけど、すぐにどこかに行ってしまうんだよ」

 雪路の言葉に、紫は頷いた。

 紫は自分の連絡先を雪路に教えると、アパートを後にした。

 セリス邸に戻り、現在の進行状況を報告しなければいけない。それに、雪路の話を聞いてもらい、意見を仰ぎたかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る