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文化祭のあの日を、ぼくは忘れたことはない。
熱田の内側に眠る炎が、歌声として放出された。
才能と言い換えるべきだろうか。原石のように磨けば光る眠る才能もあるが、地下に封印されていたガスのように一気に爆発する才能もある。熱田は後者だった。
あの一瞬で、熱田は大勢の人間を魅了した。他に言い様がない。熱田の中には才能が眠っていた。文化祭のあの日、熱田を褒め称えるみんなをぼくは醒めた目で見ていた。
文化祭の終わりを待たず、ぼくは体調が悪いと言って帰った。
それから一週間は学校をサボった。風邪が悪化したとウソを吐いた。熱田と伊吹から心配するメールが来たけど、ぜんぶ無視した。
落ち込んでいる理由を考えたくない。
熱も下がって声も戻ったのに、風邪のせいで体調が悪いのだと自分に言い聞かせる。
本当は熱田に嫉妬しているのだとわかっていた。
あいつの顔を見た時に、今まで通りに接する自信がなかった。
自分勝手だと言う自覚はある。ぼくは卑怯者だ。
文化祭での成功はぼく自身が望んだことで、熱田が唄ったのはぼくのためだった。なのに、喝采を浴びる熱田の傍にいるのが辛かった。
伊吹が熱田に話しかけるのを、見ていたくなかった。
熱田はすべての称賛をかっさらって、伊吹の心まで奪っていった。
伊吹光が好きだった。彼女にぼくを認めさせたかった。
ぼくという存在が彼女の中で、いつまでも大きなものであって欲しかった。好きな女子に意地悪をする小学生と変わらない。まあ、実際ぼくはそういう小学生だった。
伊吹への想いが恋心だと、もっと早くに気付いていれば手の施しようもあったのだろうが。
文化祭の後、熱田はヒーローになった。元々ムードーメーカーで男女問わず友人は多かったが、急にモテだした。熱田の部屋でギターの練習をしていると(文化祭の後も、ぼくたちは音楽を続けた。むしろ唄うことに熱田が目覚めたから、より精力的に活動した)クラスの女子があいつを訪ねて来た。
「学校で渡すのが恥ずかしい」という理由で、バレンタインのチョコレートを家まで持って来たらしい。玄関で熱田と女子が話し続けていたから、ぼくはブルーハーツの「終わらない歌」を無心で演奏していた。
部屋に戻って来た熱田は顔が赤かった。冬だと言うのに汗をかいているのは暖房のせいではないだろう。
「おれチョコ嫌いなんだけどなあ」
言い訳するように熱田は言った。
「あ、そうだよ、太陽は甘いの好きだもんな。食べない? おれ、教室でも貰って困ってたんだ」
いらねえ、と言う代わりにぼくは無視して演奏を続けた。熱田は良い奴だが、空気が読めなくてデリカシーのない発言もする。
「何人目だ。また告白されてたろ」
「さあ、わかんねえ。でも唄ってる姿ってカッコ良く見えるからな。みんな勘違いしてるんだよ。おれ、イケメンじゃねーし。それに女の子といるより、こうして太陽とギター弾いてた方がゼッタイ楽しいんだよな」
熱田は平気でこういう発言をするから、どうしても嫌いになれなかった。
表面上、ぼくたち三人は以前と変わらない関係を続けた。
ぼくはいつだってイヤなことから目を背けて逃げて来たから、伊吹が熱田に対して抱く気持ちも、知っているのに見えないフリをした。
ぼく自身には何の才能もないのだという事実も直視しなかった。
文化祭のステージでは熱田の歌声が観客を魅了した。もしもぼくが唄っていたら、同じことが起こったんじゃないか?
あの日、他にも演奏を披露したグループはいた。
その中の誰一人として熱田のように観客を沸かせることはできなかったし、自分の歌声がどの程度かは予測もつく。
なのに、ぼくは熱田と戦えるかも知れないなどと思っていた。
高校三年の文化祭の日が来た。
熱田とぼくのフォークデュオ、サンライズボンバーは伝説になっていた。
二年の時に見せつけた演奏が大勢を魅了し、今年も演奏すると告知したら多くの生徒が駆け付けた。その年はぼくの体調も万全だったから、二人で順番に唄うことにした。一曲目がぼく、二曲目は熱田、三曲目は二人で一緒にだ。
ぼくにだってできるはずだ。
証明したくて、唄った。一年前より格段に上手くなったギターと、披露できなかったブルースハープの音色。何度も練習した曲を完璧に唄った。
全身全霊、全力を込めて唄った。熱田がやったように、自分の内側に眠るすべてをぶつけるつもりで唄った。
拍手が起こった。
それだけだった。
「じゃー、つぎはおれが唄います!」
熱田が一年前と同じように、体育館中に響くような歌声を見せた。観客は沸き立った。女子の黄色い声援が上がった。歓声と万雷の拍手。叫び声が音色になって、広い体育館を駆け抜けていく。
圧倒的な差があるのは、誰の目にも明らかだった。
才能があるのは熱田だけだ。ぼくには何の才能もない。
去年この場所で、ぼくはプロになろうと誓った。未来へ向かうための夢、小さな火が胸に灯っていることに気が付いた。
点いたばかりの小さな火を抱えて、ぼくは進むべき道を見失った。
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