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 アコースティックギターが二本だから、フォークデュオをやることに決めた。

 バンドをやるにはメンバーが足りないし、ぼくは野球部の経験から部活動そのものを毛嫌いしていて、今さら軽音部に入るのもイヤだった。


 参考にしたのは、あの頃すでに絶大な人気のあった歌手の「ゆず」だ。

 青春の爽やかな歌や五輪で使われたテーマソングが有名だが、人の苦しみや痛みを扱った曲も多く、ぼくの好みにピッタリだった。


 ギターを買った帰り道、本屋で「一週間で弾けるギター入門」という本と「ゆず全曲集」を買った。ギター入門の方はどこかへ行ってしまったが、ボロボロのゆず全曲集はまだ実家の本棚に眠っている。


 教本通りに簡単な曲を覚えて、それからゆずの曲を練習した。音楽を始めたことを、伊吹には内緒にしていた。文化祭で披露して、驚かせてやろうと二人で決めていた。


 一年の文化祭には間に合わなかったが、演奏したい曲は決めていた。

「命果てるまで」「直径5mm」それから「真夏の太陽」の三曲だ。

 前二曲はぼくの希望だが、真夏の太陽は熱田がやりたいと言い出した。

「せっかく太陽がボーカルやるんだから、タイトルに太陽って入るしこれにしよう!」と言っていた。熱田はそういう言葉にこだわる妙なところがある。


「命果てるまで」と「真夏の太陽」には格好良いハーモニカの演奏が入っている。何ヶ月か練習してアコースティックギターはなんとか弾けるようになったから、せっかくやるのならハーモニカもやろう、ということになった。


 再び楽器店に行った時、ハーモニカが「ブルースハープ」という名前で並んでいたから戸惑った。ハーモニカと何が違うのか、あの店員のお兄さんが居たからぼくらは尋ねた。ギターにも種類があるように、ハーモニカにも種類があるのだと初めて知った。

 安いブルースハープを買って、ぼくたちは練習を続けた。練習場所はやっぱり熱田の部屋だった。お姉さんには「うるさい」と怒られたことがあるけど、熱田の両親はぼくたちの音楽活動に寛容だった。


 二年生になって、伊吹が映画雑誌の小さなコンテストで、奨励賞を取ったと知った。

 あの時の彼女の喜びようと言ったら、見ていて笑えるほどだった。

 コンテストと言っても、デジカメで撮影された5分の映像で優劣を競う遊びみたいなものだったし、しかも大賞ではなく奨励賞だ。別に彼女の才能が認められたわけでもない。

 それでも熱田は一緒になって大喜びしたし、ぼくは決して褒めなかったが、内心では彼女の才能を称賛していた。


「やっぱりわたし、自分でも才能あると思ってたのよね。小さい頃からずっと映画観て来たし。これは卒業なんて待たなくても、在学中に映画監督としてデビューできちゃうかな」

「調子に乗んな。審査員に見る目がなかっただけだろ。あの程度で満足してちゃ終わりだ」

 ぼくが辛辣に言っても、彼女は笑みを崩さなかった。

 伊吹は元々ビッグマウスの傾向があったが、この一件でますます自信を付けた。

 今までなら悔しいと感じていただろうが、ぼくもギターの腕前を順調に上げていたから、負けている気は少しもしなかった。


 その頃には耳コピもできるようになって、楽譜のない曲もいくつか演奏できるようになっていた。ぼくも熱田も楽譜は読めなかったが、曲のどこで何のギターコードを弾けば良いか書かれたTAB譜というものがあって、それを頼りに演奏していた。アコースティックギターが使われていない曲でも、何度か聞いているうちに音を合わせて演奏できるようになった。


 ギターを始めたばかりの頃は楽譜の読み方も勉強しようと思っていたが、読めなくても演奏できるとわかればその気もなくなる。むしろ、楽譜もないのに聞いた曲を弾きこなせる自分には才能があるのだと、子供じみた勘違いまでしていた。


 曲を覚えるのも、演奏の技術を学ぶのも熱田よりぼくの方が早かった。熱田はFのコードを抑えるだけでもずいぶん苦戦していたが、ぼくは何時間か練習しているうちに完璧に弾けるようになった。比較対象が熱田しかいなかったから、ぼくは自分の才能を過信した。


 ぼくには音楽の才能がある。進むべき道を見つけた。プロの歌手になろう。熱田と一緒に。

 ひょっとしたら文化祭にスカウトの人とかが来て、ぼくたちは天才高校生とか呼ばれてデビューして、一躍スターになれるかも知れない……。


 バカバカしいと思うかも知れないが、ぼくは本気でそんなことを考えていた。

 根拠のない自信に満ち溢れていたし、失恋の痛みは音楽の情熱で埋め尽くして、とっくに忘れていた。


 人生で一番楽しい時間だった。あの頃のぼくには空が青色に見えていたし、未来は七色に輝いていた。自分の将来が黒と灰色に埋め尽くされているとは考えたりもしなかった。


 ぼくの考えのすべてが間違っていたわけではない。才能は確かにあった。

 文化祭のあの日。

 もう十年も経つのに、あの瞬間は今でも忘れられない。 

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