3
二年の時、合唱コンクールがあった。
ぼくは音楽と美術は好きだったから、合唱コンクールの練習は楽しみにしていた。定番の「翼をください」や「大地讃頌」「心の瞳」などなど、合唱曲には名曲が多い。
中でも「名付けられた葉」と「モルダウ」「帰れソレントへ」の三曲はお気に入りだ。唄っていると自然の情景が浮かぶのが良い。
都会で育ったせいか、田舎や自然に強い憧れを抱いていた。
叔父の住む北海道に遊びに行った時、そのまま暮らせたらどんなに良いだろうかと思った。こっそり叔父に相談したら「北海道は遊ぶのは良いけど住むところじゃない」と笑われた。
課題曲が「名付けられた葉」に決まり、いよいよ本格的に合唱の練習が始まった。
他のクラスではやる気のない生徒がいて練習にならないなんてところもあった。ぼくたちのクラスはまともだ。問題児扱いされていたぼくですら真面目に練習していたのだから。
ただ一つだけ、ぼくたちのクラスにも問題があった。
「熱田、うるさすぎ」
誰が指摘したのかはわからない。女子の一人が言い出したら、みんな堰を切ったように熱田を責め始めた。
熱田は声がでかい。トイレで話している声が廊下に響き、教室でも聞こえるほどだ。合唱の時は一人だけバカみたいに目立った。
まだ声変わりしていない一部の男子はアルトやソプラノのパートに割り振られていたが、すでに声変わりした熱田もアルトに組み込まれて、しかも飛び抜けた大声で耳障り。「熱田のせいで練習にならない」と、厄介者の女子が言い出した。
「おれ、自分が音痴だなんて知らなかったわ。真面目にやってんだけどなー」
その時ばかりは底抜けに陽気な熱田も落ち込んでいた。元気づけようと放課後に話しかけたらもう平然としていたが、本人はずっと歌声に対する劣等感を引きずっていた。
いくら指導しても熱田の声は変わらないから、解決策を音楽教師が示した。熱田を指揮者にしてしまえば良いのだ。
これが見事にハマッた。
熱田は全身全霊を込めて指揮棒を振るった。本人はただ楽しくてやっていたのだろうが、本職の指揮者を真似して指揮棒を振るう熱田を見て、みんなが笑った。笑ってリラックスしたからか、合唱の歌声が良く通るようになった。
その年の合唱コンクールで、ぼくたちのクラスは最優秀賞をもらった。
「太田くんて、歌も上手だよね。合唱でも一人だけ、なんかすごかったよ」
合唱コンクールのあと、野村に言われたのを思い出した。小学生の時から音楽の授業は好きだったが、野村に言われて得意になった。
ぼくは歌が上手いし(当時はそう思っていた)野村は絵が上手い。もしもぼくたちが付き合ったら似合いのカップルになるんじゃないか、なんて妄想をしていた。
美術部の野村は絵がとても上手かった。マンガ的なイラストの描ける生徒はたくさんいたが、野村の絵は何か違う。彼女の絵は芸術だった。えんぴつの濃淡、折り重なる油絵の色彩、水彩絵の具で見せる筆遣い。ぼくにはない芸術のセンスが野村涼子の右手には宿っていた。
「野村、ぜったいプロの画家になれるよ」
彼女の絵を目にするたびに、ぼくは彼女にそう言った。本心ではあったが、本当は照れて喜ぶ彼女の笑顔を見たいから言っていた。
あの頃は幸福と憂鬱を繰り返していた気がする。
野村と話しができただけで幸せで、生きる気力を感じていた。ひとりきりになると憂鬱で、どうしようもない不安にひとりで怯えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます