第2話 翼を高くはためかさせ

 次の日、ステージの客席には入りきれないほどのフレンズが押し寄せてきていた。

 PPPとP・P・P。

 ふたつのペパプのライバル対決という構図は、いやがうえにもフレンズたちの興味を掻き立てる。その結末を見届けようと、みなが集まってきたのだ。

 観客席の熱気を肌で感じながらPPPのメンバーも気分を高めていた。だが……。


「イワビーはまだなの?」


 本番を間近に控え、いまだ姿を見せないイワトビペンギンにプリンセスが苦言を呈す。


「だ、ダメです! どこにもイワビーさんが見当たりません!」


 控室に飛び込んできたマーゲイ。息を切らせながら捜索の結果を伝えた。


「まったく、あの子ったら……。こんな大切な日に、どこへいっているのよ?」


 昨日の夜から、こつ然と姿を見せなくなったメンバーのひとり。控室にじりじりとした空気が流れる。

 会場に大音量で音楽が流れ始めた。いよいよ開演時間である。

 先攻はP・P・P。客席のテンションは、いまにも爆発しそうなほど高まっていた。




 場内の明かりが舞台上を残して落とされる。昨日と同じようにサウンドが切り替わった。爆音と同時にセット上へ飛び出してくるP・P・P。


 そこでステージを見守る全員が信じられない光景を目にした。

 ジャイアントペンギンとキングペンギンのふたり。これは昨日と変わらない。

 だが、今日はさらにもうひとり新たなメンバーが加わっていた。


「う、うそ!」


 舞台に登場した三人目のペンギンアイドル。その正体にPPPの全員が自分の目を疑った。


「どうして…………イワビー?」


 ショックを受けたプリンセスがスポットライトを浴びている友達の名前をつぶやく。他のメンバーも同様にショックを隠しきれずにいた。

 ところが、観客席のほうは少しばかり受け止め方が違っていた。

 たしかにイワビーがP・P・Pに参加していることは驚きである。ただ、これは一種のコラボレーション企画に過ぎないと思われていた。したがって、純粋にPPP✕P・P・Pのステージを楽しんでいる。




 P・P・Pのパフォーマンスが終了した。会場が熱気をはらんだまま、ふたたび静寂に包まれる。

 タイミングを見計らい、舞台袖からプリンセスを先頭にPPPの四人が現れた。

 この流れがどことなく茶番を想起させるのだ。


「イワビー! これはどういうことなの?」


 舞台中央に立つイワトビペンギンに向かってプリンセスが説明を求める。

 その声をさえぎるようにジャイアントペンギンが間に立った。


「まあまあ、そんなに熱くなるな。イワビーだって悩んだ末の結論なんだからな……」


「そんな! 本気なの、イワビー? 本当に、わたしたちを裏切るつもりなの?」


 悲しげに声を張り上げ、プリンセスがもう一度、問いかける。

 仲間の心の叫びを聴いて、ようやくイワビーが重そうな口を開いた。


「ちがう……。わたしがみんなを裏切ったんじゃない」


 瞳をうるませ、苦しそうに独白する。


「みんながわたしに見限られただけだよ……」


 とんでもない上から目線で自己正当化をした。

 PPPのメンバーはおろか客席もさすがにちょっとドン引きしている。


「お、思った以上に、ろくでもないな、こいつ……」


 ジャイアントペンギンまで否定的な感想を漏らす。

 あ、完全にヒールだ、これ……。


「そんな、ひどいわ……。わたしたち、ずっと同じ夢を追いかけてきた仲間だと思っていたのに」


 泣きそうになるプリンセスのまわりで他のメンバーがひしと寄り添った。

 ユニット解散の危機にフレンズが一致協力して困難を乗り越える。美しい友情の姿がそこにあった。会場もなぜだか感化されて客席から「PPP、まけないでー!」という声援が広がる。

 いろいろともう無茶苦茶……。


「まあ、アイドルになった以上、誰だって一番になりたいのは自然の流れだろう? いっそのこと、お前たちもまとめてP・P・Pに入ればいい。それなら万事解決だ」


 大胆なジャイアントペンギンの提案。

 一見すると大団円な解決策に、観客からも賛同の声がいくつか上がった。

 だが、ちょっと待て。

 まずプリンセスにしてみれば、三代目PPPのリーダーでない自分は、あとからやってきた新参者という立場でしかない。もちろん他のメンバーはそのようなこと、少しも気には止めていなかった。ただ、本人が異常に気にしているだけ。それでも自分としては三代目PPPの名前を捨てる訳にはいかない。

 

 ジェーンは、そんなプリンセスに無償の忠誠を貫いている。なにがそこまで彼女を掻き立てるのか仔細はようとして知れない。いずれにせよ、プリンセスが動かない以上、ジェーンもまた不動であった。


 さらにオウサマとキャラがモロ被りしているコウテイは、決して彼女とは一緒になれない。下手をすれば、あちらのほうが上位互換である。コウテイがオウサマにひれ伏すなどあってはならないのだ。本人の趣味指向は別として……。


 最後にフルルだが正直、どこにでも居場所を確保しようとする傾向が見て取れた。そのせいか、もっとも足元がフラフラしている。事実、いまもみなから少しづつ離れてP・P・Pの方へ近づいていた。


「確かに、あなたたちの歌とダンスは素晴らしい……」

 

 プリンセスがまなじりを決し、ジャイアントペンギンに答える。

 

「だからと言って、わたしたちは安易に高く飛べる翼を手に入れようとは思わないわ……」


 胸に決意を秘めた声。不思議な響きとなって会場中に広がっていく。


「POTAPOTA汗水流して、PAKUPAKU大きく育って、いつか自分たちの翼で大空を制するのよ……」


 両手を掲げて自分たちの代表曲の歌詞をそらんじる。音もないのに曲が聞こえてきた。いまここにミューズの魂を宿した歌姫たちの祝宴しゅくえんが始まろうとしている。

 ちなみに、潮目を完璧に読み切ったフルルが誰にも気取られないうちに元の場所へと回帰した。


「みんな、行くわよ! 用意はいいわね? 『大空ドリーマー』!」


 計ったようなタイミングで曲のイントロが流れ出す。

 見る側は、これが演出の巧みさによって形作られた秀逸な舞台であると錯覚していた。


 四人のPPPによるパフォーマンスが始まった。

 いつもとは違う、ライバル対決という構図。さらには少人数でのフォーメーションという緊張感。それらがメンバー全員に細部まで神経を行き届かせる原動力となっていた。

 これまで見たことがないほど素晴らしいステージである。

 勝敗は、もはや比べるまでもない。PPPは新時代のペンギンアイドルとして、さらなる高みへと至ったのだ。





 舞台上に再度、ふたつのグループが相まみえる。

 終わってしまえば、もはや両者になんのわだかまりもない。

 ただただ、同じ夢を持って互いに切磋琢磨せっさたくまする間柄だ。


「さすがだのぉ。わたしたちの完敗だ……」


 ジャイアントペンギンが右手を差し出して握手を求める。

 プリンセスが同じように腕を伸ばした。

 ふたりがしっかりと互いの手を握り合う。すると、急にキラキラした輝きが

手のひらに生まれた。


「おっと。意外に早く、時間が来てしまったか……」


 あらかじめ覚悟していたようなジャイアントペンギンの述懐。

 プラズムは収まる気配もなく、さらに体中から放出されていく。


「ジャ、ジャイアントペンギンさん……」


 異変に気づいたプリンセスが心配そうな表情で名前を呼んだ。


「はは……。もう少し、この姿でいられると思ったんだがな。まあ、最後にお前たちの素晴らしいライブを見られたんだ。悔いはないさ……」


「ま、まさか。わたしたちに本気を出させるため、わざと勝負を挑んできたの?」


 ふと、思いついた可能性を口にする。ジャイアントペンギンは疑問には直接、答えない。ただ、いままでで一番の笑顔を浮かべるだけだ。

 ゆらり、とその姿が宙に浮かび上がる。体内のサンドスターがいまにも尽きようとしていた。ジャイアントペンギンは静かに空へ戻っていく。


「ふふ。コウテイ、お前と競い合うことができて、われは満足だった……」

 

 続けて、別に絶滅種でもないキングペンギンまで天に還り始めた。


「オウサマ。お前、消えるのか?」


 大空へと昇りゆく宿敵にコウテイが小さく語りかける。


「え? ちょ、ちょっと…………」

 

 話の流れが段々と嫌な方向に傾いていく。あせったイワビーがふたりの姿を目で追いかけた。これは良くない。非常に良くない


「ジャイアントペンギンさん、キングペンギンさん。わたしたちのために、ありがとうございました」


 全員が万感の思いを込めて、旅立つふたりを見送った。

 舞台の上に残されたのは四人のPPPとひとりの反逆者である……。

 さて、ここからが問題だ。


「イワビー……」


 名前を呼ばれ、怯えたように首をすくめるイワトビペンギン。

 まあ、これまでの経過をかんがみれば当然の反応である。


「プ、プリンセス。あの、その……」


 震える声で許しを乞う。

 そんなイワビーに向かってプリンセスが静かに手を伸ばした。

 ここはジャパリパーク。けものはいても除け者はいない、本当の愛がここにある、やさしい世界。

 ふたりは互いの手を組み合わせるように、しっかりと握りあった。

 プリンセスが微笑みを投げかける。そして、イワビーに対して短く告げた。


「わたしたち、これからも素敵なライバルでいましょうね」


 残念だが、ここはにえの血肉を喰らい合う、あいどるちほー。

 強敵と書いて、フレンズと呼び合うのが常の無間地獄。

 イワビーは顔面蒼白となって絶望という名の砂をんでいた。





 次の日、いつものようにPPPのステージが始まった。

 過日の事件の顛末てんまつは、あっという間にパーク中へ広がり本日は凱旋がいせんライブである。

 意気揚々と舞台へ上がるメンバーたち。後をついていくようにイワビーも姿を現した。

 四人が順々に挨拶をする。残りはイワビーだけとなった。

 彼女は臆する様子もなく固めた両の拳を額に当て、


「し、新人アイドルのイワイワです! どうぞ、よろしく!」 


 精一杯の仕草で可愛らしさをアピールした。

 突飛な行動に会場の空気が急速に張り付いていく。

 そんな中、PPPのメンバーだけが楽しそうに笑いあっていた。


『イワビーに新人アイドルとして恥ずかしい自己紹介をさせる』


 という内容で罰ゲームを行い、今回の件を許すことにしたのだ。

 赤面しているイワビーに他のメンバーが代わる代わる抱きついていく。

 五人は今日も一緒に大空を目指して翼をはためかせていた。





                               おわり


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ペンギンアイドル・ラブマスター! ゆきまる @yukimaru1789

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