西の女王を撃て
木葉
第1章
大切な人
子供の頃、冬は嫌いだった。
雪が降り積もると一面が白色に覆われて、妙に静かで、一人だけ取り残されたような気持ちになる。
さくさくと雪の大地を踏みしめる音。溶けた雪の塊が木の枝から零れ落ちた音。周りには誰かの気配がするはずなのに温もりが感じられない。どういうわけか、アシナは自分の幼少時代を思い出そうとするといつも冬の情景が頭に浮かび、心細い孤独な気分になるのだった。
だが今は、冬でも夏でも構わない。恋を知り、自分を愛してくれる少年の腕の中で眠ることができるのだから。
アシナはすべすべした肌触りの良い上質な寝具を頭から被っている状態で、よく耳を澄ませた。静まり返った冬の早朝では何の音も聞こえない。ただ、隣で丸くなって眠るタクマの寝息が規則的に耳に入ってくるだけだ。
そっと寝返りをうって、アシナは鼻先をタクマの胸のあたりに押し付けた。温かくて良い匂いがする。たぶん、他の人が嗅いだら汗臭いというのかもしれないが、一晩中、床を共にしていたアシナにとっては良い匂いなのだ。
恋人の寝顔をまじまじと見つめ、アシナはずるいと思った。近い血縁関係にあるはずなのに、タクマの顔立ちはくっきりと整っていて睫毛が濃くて長い。肉体的な魅力もある上に、眺めているだけで惚れ惚れとしてしまうのだから、やはりずるい。
「はぁ、おじい様とおばあ様は同じなのに、なんで私は可愛くないんだろう」
日頃から思っている不満を小声で吐くと、アシナの頬が急につままれた。
「おはよ、アシナ。可愛くないって思ってるの?」
「お、おはよう。……王にいただいた鏡で自分の顔を見たらがっかりした。あなたには釣り合わない不細工よ」
大きく溜息をつくと、タクマはアシナのほっそりした柔らかい体をぎゅうっと抱き締めて笑い出した。
「可愛いよ。
「本当にそう思う?」
「君が可愛くないなら他の女なんて、そうだな、よく王宮に上がってくるつぶれたような顔の野犬みたいなものだ。正直言うとね、僕は君を外に出したくない。君が侍女たちと一緒に歩いていると、軍団の奴らが騒ぐ。君は僕の想い人だって皆が知ってるから遠慮してるけど、そうじゃなかったら大勢の男が君に言い寄ってるはずだよ」
嘘でもお世辞でもなく、タクマは心の底からアシナを狗奴国の美しい花だと思っていた。
いとこ同士で幼い頃から一緒に育ち、兄と妹のような間柄だったのが、いつの間にか男女の仲になった。明るくて素直で、ふっくらとした頬が愛らしい従妹を毎日間近で見ていれば、離れがたくなるのは当然だった。
アシナの母は彼女を出産した後、しばらくして亡くなった。そして、数年前、狗奴国王であったアシナの父が急死し、アシナは叔父王の庇護を受けて暮らしている。タクマはアシナが両親のことで涙を流している姿を見たことがなかった。
悲しくないのかと尋ねると、悲しいけどなぜか涙は出てこないと言っていた。
この時、タクマは気丈に振る舞っているであろう従妹を、自分の命に代えても幸せにしようと誓った。前王の一人娘として何不自由ない生活を送ることができることは確かだが、それでも両親が不在では心もとないし、遠方の国に嫁に出されてしまう可能性もないわけではなかった。
だからタクマはアシナを自分の国に、温暖で豊かで西方諸国の力の及ばない狗奴国の中に閉じ込めておかなければならない。タクマの隣にはアシナがいなければいけない。
「言い寄ったところでどうにもならないのに。私は王の姪だもの。それに、そのうち私は――」
「次の王の妻だ!」
そう言うなり、タクマはアシナの首筋に口づけ、アシナはくすぐったそうに声を上げて笑った。
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