寂しがりやの吸血鬼

 荒々しく閉じられたドアを見つめ、俺は呆然とした。部屋の中にいる狼男に語りかける。


「何をしゃべったんだ、美月」

「まあ、ちょっと俺の知ってることを」

「勝手にか」

「うん……大人としての忠告をね」

「あの子はただの隣人だよ」

「本当か?」

「疑うなよ」

「でもきっとあの子はじいさんが好きだよ」

 

 考えすぎだ、と言おうとして、言葉がのどにひっかかる。薄々感づいていたことを、ずばりと言い当てられたからだ。

 美月は少しかすれた呆れ声で、俺に忠告した。


「別にあんたは二度と恋愛すべきじゃないとかそういうことを言うつもりじゃないけど、相手は選べよ。子どもだぞ?」

「お前な……」

「何かあったときあんたをぶん殴るのも俺の役目だからね」


 吸血鬼と人狼が近くに住んで助け合う場合がある。昼間無防備な吸血鬼を人狼が見守り、人狼が暴れたときは吸血鬼がそれを押さえる。この

共存は政府からも奨励されていて、吸血鬼と人狼がペアを組んで近くに住むと賃貸契約を断られることが減る。……それでも断られる場合はあるのだが。


「寂しいのか?」

「寂しくないわけがないだろ?」

「あんたのそういうところは素直でいいけどな」


 俺は肺の中身が全部なくなってしまうくらいに、長い息を吐いた。

 美月の言ってることは全部正論だ。正論だからこそ、自分の浅ましさを感じる。

 他人の血をすすり、日差しを避けて、皆に化け物のように扱われて、それでも生きたいと望むのは、結局寂しいのだと思う。

 誰にも触れられない死の暗闇に戻りたくないのだ。吸血鬼として目覚めるまでの数日間、世界と切り離され、ぽっかりと抜け落ちた記憶。その中にいたくない。


 俺は美月のひげのあたりを見た。俺がどうでもいい存在ならこうして忠告もしないわけで、その点では感謝すべきなんだろう。素直に認めるのはいまいましいが。


「何か飲んでいくか」

「水しかないだろ。帰るよ」


 美月はすっぱりと断る。床においていたかばんをひっつかんでドアに足を向けた。


「なあ、美月」


 俺はその背中に語りかける。


「人間どもに追いかけられてたころは、安全な場所にいられれば何もいらないと思ってた。けど、平和になったらなったでややこしい」

「……そんなもんだよ」


 寂しげに言ってから、美月は上半身だけ振り返ってくぎを差した。


「でも、手を出すなよ」

「出さないよ。その前に向こうが失望するんじゃないか……?」

「言えてる」

「肯定するな」


 一人きりになった部屋で、なんとなく口寂しくなり、棚の中に埋もれたミントのガムを探し始めた。

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